交渉
「他の施設の方とも協力して、売ってほしい物があるんです」
「は、…………売る?」
「はい。申し遅れましたが、私たちは薬屋を営んでおりまして。私たちの街で協力して売り出している商品を、是非此方でも広めて頂ければ、と思いまして」
にこやかな笑みを浮かべて改めて名乗った瑞希に、院長の返事は気の抜けたものになる。驚きすぎて理解が追いついていないのだ。ぱち、ぱち、とやおらに繰り返される瞬きがその証拠だ。
じっくり数十秒、嚙み砕くように一人頷いていた院長の顔が上がる。
「街で売り出している、ということは、特産品じゃないんですか?」
「違います。より多くの人に知ってほしいのでレシピ料も頂きません」
きっぱりと言い切った瑞希に、さすがに話が上手すぎると思ったのか院長の顔が僅かに顰められる。けれどそれは瑞希も予想していたことだ。
瑞希が市場を拡大したいのはスポーツドリンクだ。その有用性と材料費などは自己負担であることを告げれば、院長の警戒も多少は緩んだ。
「ただし、何方にも必ずお約束頂いていることが三つあります」
瑞希がぴっと三本指を立てる。院長の顔が再度引き締まった。
一つ、価格は利益と原価が同じになるように設定すること。そして、一つの地域で一つの値段に統一すること。
二つ、必ずレシピ通りに作ること。
三つ、スポーツドリンクに興味を持った人がいれば、その人物にもレシピを教えること。もちろんこれはレシピを守ってくれることが前提だ。配分を変えた場合それがどう作用するのか、栄養学に精通していない瑞希にはわからない。
ここまでは、街の薬屋たちと同じ条件だ。
けれど、と瑞希はさらに言葉を継いだ。
「先生方には、加えてお願いしたいことがあります」
ぴくり、院長の目が眇められる。忽ち警戒心が強められたことを感じながら、瑞希は本題に入った。
「先ほども言いましたが、私はこの商品をより多くの方に知ってほしいと思っています。けれど、必要経費が自己負担となると最初は手が出しにくいとも思います」
院長が神妙な顔で頷く。彼女自身、先に燻製の商談が無ければ思案の余地は無かっただろう。国からの支援金は決して十分ではなく、どこの聖養院も経営が逼迫しているのだ。
「だから初期費用だけ、先生方が得た利益から捻出して頂きたいのです」
「それは、すべての紹介先の、ですか?」
「いいえ、最初の一箇所目だけで構いません。まずはこの聖養院から一箇所、そしてその一箇所からの支援で別の施設に、と広めていってもらえればと思っています」
同職者間の繋がりは存外太く固いことを瑞希はよく知っている。加えて、季節を問わず売れるなら興味を持つ施設も多いだろう。
それを利用して、この聖養院から他の聖養院に伝播させることが瑞希の狙いなのだ。
瞑想するように院長が目を閉じる。院や子供たちにとって不利益になるようなことはないかと、念入りに思考を繰り返した。
そして、院長の目が開かれる。
「そのお話、お受けさせてください」
はっきりとした意志を持って返された答えに、瑞希は丁寧に頭を下げ、感謝を伝えた。




