商談
院長に案内されて建物の裏庭に踏み入ると、もくもくと煙を立ち上らせるの深鍋ような鉄器が目に入った。ケホケホとルルが煙そうに咳き込む。生理的な涙を滲ませた瑞希たちとは裏腹に、院長や職員は慣れからか平然としていた。
「今回は急ぎなので液とかに浸けない簡易燻製なんですけど、風味はしっかり付いてますよ」
「簡易燻製?」
「ええ。本来は塩漬けして、塩抜きして、乾燥させて、それからようやく燻すんですけど、それだと今日中に終わらないので」
しかしこの燻製も、今日すぐには食べられないらしい。正確に言えば食べることは可能なのだが、煙臭さを落ち着かせるために一日は寝かせて熟成させた方が美味しく食べられるのだとか。
「結構手間がかかるのねぇ」
感心したようにルルが言う。瑞希も聞き入るように相槌を打っていると、説明してくれた職員な照れるなぁと頰を掻いた。
「手間って言っても、一つ一つはそんなに難しくないんですよ。よかったら紙にまとめましょうか?」
「わ、すごく有り難いです。是非お願いします」
二つ返事でお願いすると、職員は愛想良く笑って引き受けてくれた。すぐに書き出しますね、と忙しない様子で走り去っていく後ろ姿に、また院長が苦笑を零した。それから、思いついたように瑞希たちに向き直る。
「もしよろしければ、普通の燻製の方も幾つか持っていってくださいな。食べ比べてみるのも面白いですよ」
「いいのか?」
「ええ。日持ちもするし職員には人気なんですが、子供向きの味ではないので最近は交換用に作るばかりで余っているんです」
こうかんよう、と瑞希が辿々しく繰り返す。聞き留めたアーサーが瑞希の耳元に口を寄せた。
「今は滅多に無いが、物々交換をすることもあるんだ」
へえ、とまた一つ得た知識を頭の中で反芻させる。そのうちに一つの光明を見出して、瑞希は嫣然としてポケットの小袋を取り出した。
「じゃあそれ、売って頂けませんか?」
「え?」
アーサーと院長の声が重なる。
振り仰いだ瑞希の目には強い光がやどっていた。
また何かやるつもりなのね、とルルが早くも諦観の姿勢を見せる。
「交換に使ってるなら、商品価値があるってことですよね? ちょうどお土産用に燻製も買うつもりでしたから」
「それは、……。……いえ、お売りする分には十分事足りると思いますけど、どのくらいご入用ですか?」
「知り合いが多いので、差し支えなければ売れるだけ売って貰いたいのですが……」
瑞希の主張に嘘は無い。集落の妖精たちはもちろん、普段何かと世話になっているロバートを始め街の何人かにも日頃の感謝も兼ねて土産を買う予定だった。買う場所がちょっと変わっただけのことだ。
けれど院長にしてみればそれは突然の申し出で、咄嗟には返答できなかった。
「アーサー、魚の燻製ってどのくらいの価格帯かわかる?」
「ふむ……。モノにもよるが、小魚一匹で三十デイル前後、手間賃を加えても三十五デイルが良い所じゃないか?」
確認するようにアーサーが視線を向ければ、院長は戸惑いながらも何とか頷く。
「じゃあ一匹四十デイルで買います」
「えぇっ⁉︎ あ、あの……本当に本気ですか?」
「もちろん。ただ、その代わりというわけでないのですけど、お願いしたいことがありまして……」
言葉は控えめながらも失われない力強い目の輝きに、院長はやや身構えながら続きを促す。
「これは私の予想ですが、こういう施設では恐らく他の施設の方とも交流したりなさいますよね?」
「えぇ、頻度は少ないですが、情報交換に」
それが何だというのかと訝る院長に、瑞希は好都合と唇に弧を描いた。




