聖養院
量を減らした魚籠は、それでもやはり子供の手で持つには重すぎるので、瑞希とアーサーで持ち運ぶことになった。魚籠の取っ手をそれぞれ持ったことを確認して、ルルが魔法で浮き上がらせる。それに「ありがとう」と唇だけを動かせば、「お安い御用」とルルが嬉々として胸を張った。
これから向かうのは、アンネが言っていた聖養院だ。転ばないようにと足元に気をつけながら街を目指す。モチは鞄に戻ったが、ライラとの約束通りアンネが抱き抱えて運んでくれた。
緑に囲まれていた中では暑さも気にならなかったのに、一歩その中を抜けてしまえば途端に猛烈な暑さがじりじりと皮膚を焼きつける。川でびしょ濡れにしてしまった服は、街に入るよりも早くにからからに乾き上がった。
「聖養院ってどこにあるの?」
「あっち。街の南側だよ」
聖養院は街の外れ、川下の方にあるらしい。子供たちの誘導に従って通りを進んでいくと、大通りから一つ道を外れただけで喧騒が建物に遮られて遠退いた。土地勘の無い者が入り込んだらあっという間に迷子になってしまうだろう複雑な道を、子供たちはすいすいと躊躇いなく進んでいく。
そうしてようやく開けた所に出ると、その建物はあった。
少し煤けて罅の入ったレンガの土台と、赤錆びた鉄の縦格子。それを覆うように植えられた生け垣の中から、きゃあきゃあと子供特有の高い笑い声と、柔らかく包み込むような大人の笑い声が響いてくる。
「あれが聖養院だよ。ただいまーっ」
大きな声で帰宅を告げたジャックに、院内からの目が向けられる。子供たちはわらわらと駆け足で彼に群がった。
「にーちゃんたち、おかえりーっ!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おかえりなさいっ」
兄、姉と呼ばれ純粋な好意を向けられて、ジャックたちが「ただいま」ともう一度返す。なんとなく予想していたが、聖養院の子供はアンネだけではなかったようだ。
瑞希はくるりと院内に目を走らせた。
聖養院は、日本でいう保育園や幼稚園のような構造をしていた。子供たちが走り回れる大きさの広場と、古いながらも手が加えられ安全性に配慮された遊具が少し。二階建ての建物が大小一つずつあり、屋上もあるようだ。それぞれの前には日除けも兼ねているのだろう、洗われて間もないシーツが物干し竿にかけられ風にはためいている。
「あら」
不意に、小さい方の建物から覗く大人たちと目が合った。瑞希が丁寧に会釈をすると、彼らははっとした様子で慌てて瑞希たちの方へと駆け寄った。




