手当てが済んだら
アンネが放心してしまっている間に、瑞希は手早く傷口に軟膏を塗りつける。ぬるっとした触感に、小さな体がびくりと跳ねた。
「あ、あのっ、本当に……あたし、聖養院の子供だし……」
「聖養院?」
きょとりと不思議そうに鸚鵡返しした瑞希に、アンネが困り果てた顔をした。何と言ったものかと言葉を模索する少女に、助け舟を出したのはアーサーだった。
「言い方は様々だが、孤児や、家庭の事情で行き場の無い子供が暮らすための施設だ。あるいは、親の仕事の間だけ預けられたりする託児所としての役割もあるな」
「そうなの。……あれ? でも、それって今関係ある?」
一つ解決するとまた生まれた疑問に、瑞希が首を傾げる。それにアンネたちは驚きの目を向けて、アーサーはそれでこそミズキだと心なしか嬉しそうに目を細くした。
世の中には、すべてがそうではないとはいえ聖養院育ちを蔑んだり、国からの援助で生活しているからと横柄な態度を取ったりする者がいる。
おそらくは、この少女もそういった理不尽な目に遭ったことがあるのだろう。だからこそ、本心からわからないと言う瑞希に目を丸くしている。
「ほら、ちゃんと腕を出して。アーサーはライラの方をお願いね」
瑞希は話は後だとアンネの腕を取り、力を入れないように気をつけながら指の腹で軟膏を塗布していく。
高価であると認識している薬が惜しげもなく自分の腕に塗られていくのを、子供たちは信じられないものを見る心地で見つめていた。
「うん、これでよし! アンネちゃん、他に痛むところはある?」
「い、いいえ……。…………あの、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
にっこりと温かい笑顔を見せる瑞希に、アンネは胸の奥がぽかぽかとしてくるのを感じた。
瑞希はもうライラの方へ意識を向けていて、アンネの時と同じように怪我の確認をしている。そして元気いっぱいな様子の娘に、にこにこと慈愛の笑みを湛えていた。
きゅっと胸元を押さえて俯く少女に、ジャックが心配そうに声をかける。
「アンネ、本当に大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。平気だよ」
答えるアンネの声は、何かを押さえ込もうとするような響きがあった。眉根を寄せて覗き込んで見れば、ゆるゆると脂下がった薄紅色の顔。えへへ、と至極嬉しそうなアンネにジャックは瞬いて、それからにっかりと笑った。
「ほら、平気なら早く立てよ。服が汚れるだろ」
「わかってるってば」
ぶっきらぼうな物言いで手を差し伸べてくれたジャックに、アンネはぷんと頰を張りながらも素直に厚意に甘えた。服についた汚れを手で払い、改めてライラやカイルを見る。
双子は楽しそうに笑っていた。
「釣り、再開しよう!」
今度こそと意気込むカイルに、アンネもジャックも、他の子供たちも晴れやかな笑顔で頷いた。
放り投げた釣り竿を再び手にして、今度は何処で釣ろうかと子供たちが輪になって話し合う。
「子供はやっぱり元気に笑ってるのが一番ね」
うふふ、と微笑んで見守る小さな妖精の呟きに、瑞希とアーサーは顔を見合わせてひっそりと肩を竦めた。




