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川釣り

 観光地として開かれた川から離れた山の奥の方、支流寄りに少し進んだところ。水が綺麗に透き通って川底も見えるほどの静かな流れ。川には岩が点々としていて、両岸には緑も鮮やかな木々が生い茂っている。

 耳を澄ますと、川の音とともに鳥のさえずりが聴こえた。風が吹けば梢の擦れ合ってできる森の騒めきが響く。

 そんな中で、美味しい空気を肺いっぱいに吸い込みながら釣り竿をヒュンと振った。ぽちゃんと水音がして、浮きが流れに従い動いていく。

 刹那、それが水中に引かれた。


 「来た……!」


 釣りを始めてからどれくらいか、一番に引き当てたのは瑞希だった。限界までしなる竿先に、瑞希は驚きながらも釣竿をしっかりと握り直した。

 竿を引く魚の力は強くて、少しでも気を抜けば竿ごと持っていかれてしまいそうだ。自分の命がかかっているのだから当然だろう。

 バシャバシャと魚が暴れる水音の中、瑞希はしっかりと地面を踏み締め直す。浅く腰を落とし、力強く釣り竿を引き上げた。

 ばしゃん! と一際強い水音が響く。針に掛かった魚が水中から引きずり出されて宙を舞った。

 「ママすごい!」とライラ。

 「母さんかっこいい!」とカイル。

 ルルは「なかなかやるじゃない」と素直ではなかったけれど、ぱっちりとした目をキラキラと輝かせて瑞希を見ていた。

 それは三人だけではなかった。他の浮きが沈むのを待っていた子供たちからも賛辞を受けて、瑞希は気恥ずかしくなりながらも少し得意げに笑った。


 「カイル、お前の母ちゃんすげーな!」

 「でしょっ? あのね、父さんも凄いんだよ!」


 輝くような笑顔のカイルに、聞いていたアーサーが無言で気合を入れ直し水面を睨みつけた。分かり易すぎる魂胆に、瑞希はそっと視線をずらし見て見ぬ振りを決め込んだ。

 川に浸からせた魚籠(びく)の中に魚を入れて、魚の口から針を抜く。魚は体を捻り、狭い魚籠の中を泳ぐようにするりと動いた。

 それを覗き込もうとしているのか、モチがふすふす鼻をひくつかせながら前足でつついた。


 「こぉら、ダメよ。これはモチのご飯じゃないの」


 食いしん坊ね、と瑞希が嗜める。するとモチは心なしかしょんぼりと長い耳を垂れさせたので、仕方ない仔ね、と瑞希は淡い苦笑を滲ませた。

 ジャックたちが言った通り穴場であるこの釣り場は、鬱蒼と生い茂る緑のおかげで人の目が遮られている。人が近づけば足音が聞こえることもあり、モチは鞄から出しているのだ。

 もそもそと鞄から出てきたまんまるもふもふのモチに、当初好奇心旺盛な子供たちの目が釘付けになった。可愛い可愛いと口々に褒めそやされて大満足のモチは、初対面の子にも躊躇いなく近づいては愛嬌たっぷりに懐いて撫でられまくったり、ぱちゃぱちゃと水面を叩いて遊んだりと自由に過ごしている。

 ふと、ぽちゃんという水音が聞こえた。

 パッと顔を上げれば、挑発的な笑みを口元に佩いたアーサーが勢いよく竿を振り上げ、一息の間に魚を釣り上げる。

 瑞希の時より高く宙を舞った魚の姿に、また子供たちから歓声が上がった。


 「わぁあっ、おっきい! すごい、父さんすごい!」

 「カイルの父ちゃんすげー‼︎」


 ヒーローを見るような子供たちの目に、アーサーは嬉しいのを押し殺してポーカーフェイスを見せた。

 釣れた大物を片手に、アーサーが悠々とやってくる。いつも通りのように見えて、その足取りはひどく軽やかだ。


 「夕食分は釣るぞ」


 自信満々に言い切られて、瑞希は首肯しながら内心でこっそり笑った。

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