意外
釣竿を借りに行く途中、不意に行く先から女性の叫び声が聞こえてきた。びっくりして慌てて駆けつけようとする瑞希を、大丈夫だからとアーサーが苦笑を浮かべながら引き止める。よく見れば、周囲にも同じような表情をしている人がいた。中には「またか」と零す人もいて、やけに落ち着いた彼らの反応に瑞希は戸惑いを隠せない。
「アーサー、大丈夫なの?」
「問題ない。釣竿貸しの方から聞こえてきたから、予想はつく」
よくあることなんだ、とアーサーは言うが、悲鳴が上がるのが本当によくあることなのだろうか。治安は良いと聞いていたのに、と瑞希が不安の色を見せる。すると、アーサーはますます何とも言えない表情を浮かべた。
「本当に危険は無いんだ。悲鳴を上げた女性は、おそらく釣り餌に驚いただけだから」
「釣り餌?」
瑞希はぱちりと瞬いた。ついで、その意味を理解してサッと顔から血の気が引く音を聞く。釣り餌は、芋虫が主流だ。
目に見えて顔色を変えた瑞希に、アーサーは心底意外と目に見えて驚いた。それが恥ずかしくて、瑞希は苦し紛れに顔を背ける。
「しっ、仕事に関することだから我慢できてただけで…………その、…………ごめんなさい」
「あ、あぁ……。いや、謝らないでくれ。大丈夫だ、他の物で代用できる」
安心を促す優しい眼差しに、瑞希は恥ずかしそうにしながらも安心した笑みを浮かべた。柔らかな目元に、少女めいた容貌に拍車がかかる。
「ルルが期待しないって言ってたのは、気づいてたからなのかしら」
「有り得るな。ルルは虫は平気なのか?」
「嫌がってるところは見たこと無いわね。森で生まれ育ったから、身近に感じてるのかも」
畑の薬草を食い荒らすようなものは容赦なく風で吹き飛ばしたりしているが、それだって傷付かないように配慮していることを知っている。放り捨てるだけで精一杯の瑞希には到底真似できないことだ。
「なら、ルルに見直して貰えるように大物を釣り上げないとな。何を餌に使ったかは、言わなければわからないことだ」
「えぇ? それはちょっとズルいんじゃない……?」
「知恵を働かせただけだろう」
開き直られて、そういうものなのだろうかと瑞希が心を揺らす。言わなければわからない、なんとも甘美な響きだ。
ううむと悩ましげな瑞希を見守りながら、前が動いたからとアーサーが誘導する。
「どうするか、釣りをしながら考えれば良い」
「アーサー、私に甘すぎない?」
「どこが。これでもかなり我慢しているんだ」
不服そうに憮然とした顔をするアーサーに、瑞希は呆れながら甘やかしたがりな彼を見つめた。




