川下り
軌道を戻してからしばらくすると、船は水上マーケットに入った。売られているのは飲み物や道具がなくても食べられる果物で、これらは船上でも快適に過ごせるようにという配慮らしい。店内のように混雑することも無いので、舟遊び体験者のほとんどは何かしらを購入していくそうだ。瑞希たちも喉が渇いてきていたこともあり、人数分の飲み物とモチ用にカットされたりんごを一つ分購入した。
「モチ、ご飯だよ」
はい、とライラがりんごをひとつ差し出せば、モチは鞄からは出てこないまでも頭部を覗かせてりんごに鼻先を寄せた。ふんふんとしばらく匂いを確認してから、しゃくりと瑞々しい音がして、甘い香りがほのかに広がった。上機嫌に齧り付くモチの背を小さな手が撫でる。
「なんで鞄? って思ってたけど、うさぎが入ってたんですね」
「ええ。日帰りとはいえ、置いてくるのも心配で。大人しい仔だからいいかな、って」
そう言えば、青年はなるほどと同意顔でモチを可愛がる双子に目を向けた。うん、可愛い、と言わんばかりの顔だった。
途中に寄り道やマーケットを挟んだとはいえそれなりの距離を下ったが、まだ予定の半分を過ぎた程度だそうだ。マーケットがちょうど真ん中辺りになるらしい。
このくらいからは飲食店も空き始めるらしく、下りる頃には食事するにはいい具合になってるだろうと青年が言った。
「お昼、お魚だったっけ?」
「予定はね。何か他に食べたい物ある?」
「んーん、ないよ。ご飯も遊ぶのも楽しみだなーって」
カイルに同意するようにライラもうんうんと何度も頷く。少し内向的なきらいがあるライラの乗り気な様子に、瑞希は驚きながらも喜ばしいと微笑した。
それからも船は川を下り続け、桟橋が見えた。奥の方にある駐車場には先回りしたスティーブンが手を振って存在を主張している。
桟橋と船を縄で結びつけて、とうとう舟遊び体験は終了だ。
「皆さんお疲れ様でした! 足元にお気をつけてお降りくださいね」
棹を川中について船を安定させる青年に、カイルとライラが「はぁい!」と元気な良い子のお返事をする。降りる時もアーサーから動き、瑞希と一緒に双子の手を取って桟橋に上がった。
青年はこのまま川を遡って船を戻しに行くらしい。大変そうに思えたがすいすいと上っていく青年に皆で手を振って、それからスティーブンと合流した。
「舟遊びは楽しかったかい?」
スティーブンへの答えは、全員の顔に浮かんだ笑顔が何よりもわかりやすく物語った。
こんなことがあったと左右から興奮しきりに話し出す双子にスティーブンが律儀に相槌を打つ。
「さあ、乗った乗った! たくさん遊んだら、今度はたくさん食わなきゃな!」
ほれほれ、と急かすように馬車に促されて、きゃっきゃとはしゃいだ声を上げながら二人が馬車に乗り込む。
「旅行、来てよかったわね」
「そう言って貰えてよかった。まだ時間はあるんだ、思う存分楽しんでいこう」
にっこりと、アーサーにしては珍しく分かりやすい笑顔に、瑞希が思わず目を瞠る。
不思議そうに見下ろされて、瑞希はなんでもないと緩く首を振った。
「うん、やっぱり来て良かったわ」
心からの感想に、変なミズキだとアーサーは首を傾げた。




