舟遊び
桟橋に出て、まず漕ぎ手の青年が船に乗る。その次に乗り込んだのはアーサーだ。剣を嗜んでいるからかしっかりと体幹が鍛えられているおかげで、不安定な足場でもすぐに体勢を整えられた。
それから瑞希が手を引かれながら乗り込み、体勢が整ったところでカイルとライラも船に乗った。モチにも景色が見えるように、鞄はアーサーの膝の上に乗せられている。
全員が腰を下ろしたところで、青年が棹を持ち上げた。
「それでは、出発しまーす」
青年の号令と共に、船がゆっくりと桟橋から離れる。川の流れに合わせて緩やかに動いているのに、船はあっという間に川幅の中心近くにまで移動した。
「思ったより揺れが少ないのね」
船といえば揺れが大きい印象を持っていたのに。
意外そうに瑞希が呟くと、「運がいいんですよ」と青年が言った。
「今日は風が優しいから揺れてないですけど、昨日はきつくて何度か中止になりましたから」
舟遊びはこの時期のグラリオートでは風物詩だが、雨が降って増水したり、あまりにも風が強い時は安全のため中止になるらしい。
「日によって違うの?」
「時間によっても変わるかなぁ。海に行くともっと変化が激しいらしいよ」
人から聞いた話だけど、と付け添えた青年に、子供たちはへぇえと感心しきりの声を上げた。
熱心に話を聞いてくれる子供たちに、青年が嬉しそうに笑みを深めた。
「観光のピークは夏だけど、冬のグラリオートも結構見物なんだよ。冬の間はこの川が凍るんだよ」
「凍っちゃうの⁉︎」
カイルが大きな声を上げた。ルルとライラも、びっくり眼で青年を見つめている。青年は悪戯成功とでもいうような笑みを浮かべた。
「川が凍るなんて、ただでさえ寒い冬が余計辛いわ」
「外に出るのも嫌になりそうね……」
眉を下げるルルと瑞希に、そうでもないとアーサーが説明を付け足した。
「凍った川でスケートができたり、フロスト・マーケットが開かれたりするんだ。年によっては凍らないこともあるから、近隣住民のお楽しみだな」
「あれ、知ってたんですね。お父さん、この辺りの人なんですか?」
「以前滞在していた時に小耳に挟んでな。実際目にした事はないが」
答えたアーサーに、青年はなるほどと頷いて、「それなら是非一度来てみてください」とにっこり笑った。
「オレ、冬はスケートを教えてるんです。道具のレンタルとか、お安くしときますよ〜」
「存外抜け目ないな」
しっかり自分を売り込んでくる青年に、アーサーが呆れたように肩を竦める。それでも青年は悪びれもせず、「商売なんで」と開き直って強かに笑った。
「でもアーサー、こういう人嫌いじゃないわよね」
なにせ、ディックが良い例だ。変に小細工してくる人より真っ直ぐ物申してくる人をアーサーは好む。
「ミズキ……」
それを今言わないでくれ、と訴えてくる目に、瑞希はころころと目を細めた。




