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いよいよ

 「あっ! 父さーん、母さーん!」

 「馬車が見えたよーっ!」


 大声で叫ぶカイルとライラに、穏やかな微笑みを浮かべてアーサーと瑞希が出てきた。瑞希の肩にはルルが腰かけて、上機嫌に鼻歌を歌っている。アーサーの手には大きな旅行鞄があった。しかし、中身は着替えなどではなくモチである。

 ゆったりとした足取りで出てきた両親に、カイルとライラははしゃぎながら頻りに「馬車が来た」と繰り返す。無邪気な子供たちの声につられてか、鞄の中でモチが動いた。

 早いもので、店の営業時間を変更してからもう一週間が経った。街に出てからは二週間--今日が、予約していた旅行の日だ。

 昨夜から興奮状態だった子供たちは、今朝にはもっと勢いを増した。寝起きの悪いカイルでさえ、起きて早々はしゃぎまわっていたほどだ。


 「晴れて良かったわね」

 「ああ。これなら舟にも乗れるだろう」


 今回行くグラリオートという街は、同じダグラス領内にある有名な観光地だ。街を二分するように大きな川が流れていて、馬車で二時間もかからないくらいの距離にあるらしい。依然として暑さの和らぐ気配がないこともあり、避暑にはうってつけだとアーサーが教えてくれた。

 道まで出て待っていると、二頭立ての馬車が瑞希たちの前で止まった。同じ箱型馬車でも小ぶりで、乗り合いとは違ってドアがついている。少人数だからかと思ったが、アーサー曰く「馬車組合が奮発してくれた」らしい。


 「おはようさん、待たせたね」


 にっかりと八重歯まで見せて笑うのはスティーブンだ。《フェアリー・ファーマシー》への定期馬車でも世話になっている顔見知りである。今日の御者は彼が担ってくれるようだ。


 「おはようございます、スティーブンさん。今日はよろしくお願いします」


 柔らかな顔と声音で丁寧に腰を折る瑞希に、スティーブンが任せろと大きく胸を叩く。それを頼もしいと笑いあって、早速馬車に乗り込んだ。

 馬車は思いの外広々としていた。乗合馬車は進行方向に直角になる座席であるのに対し、この馬車は進行方向に直面する席と背面する席が向かい合うようになっていた。アーサーと瑞希、カイルとライラで別れて座る。布張りの座席は柔らかく、痛める心配はなさそうだ。

 全員が席に着いたら、モチを鞄から出してやる。モチは余裕のある双子側の席に体を落ち着けた。その背に、当然のごとくルルが腰を下ろす。

 ドアの鍵をかけると、その音を確認したスティーブンが手綱を取り、馬車を走らせた。

 ゆっくりと動き出した馬車は、座り心地の良い座席のおかげか体に響いてくる振動が少ない。車輪の音も煩いと思うほど響いて来ないので、談笑するにも困らなさそうだ。実際子供たちは車窓に齧りつくようにして、緩やかに移り変わる風景に歓声を上げている。


 「なんだか贅沢な気分だわ」


 鈴の音のような笑い声を零して呟いた瑞希に、そうかとアーサーは優しい目をして微笑した。

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