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異常事態

 そうして迎えた午後の営業は、瑞希の予想通り、いや、それよりも悪い結果となった。第一便、第二便まではまだしも、第三便の時間になっても馬車が来ないのだ。つまり、客が来ない。


 「こんなこと初めてじゃない?」


 客の一人もいない店内を見渡して言うルルに、瑞希も神妙な顔で肯定する。

 掃除をしたり薬を作ったりとやることは限りないとはいえ、ここまでくるとさすがに楽観視はできない。


 「これ、多分暑さのせいよね?」

 「むしろそれ以外に何があるんだ?」


 思い当たる節はないとアーサーが言い返せば、「そうよねぇ……」と瑞希とルルは揃って溜め息を吐いた。

 風通しを良くしているとはいえ吹き込む風は熱風で、室内にいてもじわじわと汗が滲み出る。外に出ればそれ以上だろうことは容易に想像がついた。

 売り物についてはどうにかできても、気温が原因となるとどうすることもできない。

 日本と違い梅雨がないこの国ではからりとした空気のおかげで過ごしやすいのだが、度が過ぎれば結局苦になるのだ。

 仕方なく、掃除などをしてからは第四便が来るまでの時間を各自で繋ぐことになった。


 (スポーツドリンクの販売協定、結んでおいて正解ね)


 街も同じく猛暑に苛まれているだろうが、馬車での移動が無いから客も訪れやすいだろう。

 双子はモチと遊ぶ時間が増えたと喜んでいたが、このまま放置するわけにもいかない。瑞希はカウンターに頬杖をついて、どうしたものかと頭を悩ませた。

 どれだけ良い商品を売り出しても、買ってくれる客が来なければ無用の長物。万が一夏中ずっとこんな有様では経営が成り立たなくなってしまう。


 「ねぇアーサー、こういう時他のお店ではどうしてるか知ってる?」

 「そうだな……暑さに店主が倒れたとかで臨時休業、という貼り紙なら見たことがあるが…………」


 言い淀むアーサーに、瑞希は額に手を当てた。それは何より避けたい事態だ。


 「営業時間をずらすのはどうだ?」

 「それしかないわよねぇ……。運転手さんとお話してみなきゃ」


 定期馬車ありきの《フェアリー・ファーマシー》では、単独で営業時間の変更はできない。しかし馬車組合と話を通そうにも、果たして次来てくれるのはいつだろうか。来たとしても、お互い仕事がある以上話している時間はほとんどないだろう。

 瑞希はペンを取り、詳細を手紙に(したた)めることにした。

 昼休憩を長くして午後の営業を遅らせる。夜までの営業も考えたが、あまり伸ばしても今度は家庭の仕事で来ないだろうことは目に見えているので、夕飯の準備時よりは早めに店を閉めることにした。営業時間が一時間は短くなるが、これが妥協点だろう。

 こめかみを濡らしていた汗が、上体を起こした拍子に伝い落ちて首筋まで流れる。

 すっと差し出されたタオルを、瑞希は礼とともに受け取った。首元を少し寛げて、タオルで押さえて汗を拭う。

 アーサーが気まずそうに目を逸らした。


 「こうも暑いと困っちゃうわね」

 「…………そうだな」


 ためらいながらも肯定したアーサーの真意が少し違っていることを、瑞希は知らない。

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