ディックの家
夏に避暑地となると予約は混雑していそうだと思っていたが、馬車の手配は思いの外早く終わった。《フェアリー・ファーマシー》の定休日を選んだため、空いていた馬車を融通してもらえたからだ。二週間後の朝に店の前まで迎えに来てもらい、その馬車で出発する手筈になっている。
ここでは料金は先払いらしい。片道で二千デイル、往復だから四千デイルになる。あるいは、一日借りると五千デイルと少し割高になるが、代わりに御者が旅行先での移動や荷物の預かりも請け負ってくれるそうだ。
これはアーサーが即決で後者を選び、あっさりと支払いを済ませてくれた。
「良かったの?」
「ああ。日帰りとはいえ、集落の土産も考えるとこちらのが都合がいいからな。地酒もあるし、特産物も好まれそうだ」
当たり前のように言うアーサーに、瑞希は嬉しくなった。ルルも、口にこそ出さないが耳が赤く染まっている。
素直になれないルルの分も礼を言えばアーサーは不思議そうな顔をしたが、視線でルルを示せば察してくれた。
アーサーと瑞希がほっこりしている間では、カイルとライラもまだ見ぬ旅行先を想像しては好奇心に駆られていた。
「お出かけ、楽しみだね」
「舟乗れるかなぁ?」
にこにこと話し合う双子を微笑ましく見守りながら時々アーサーが口を挟む。グラリオートというらしいその街に滞在したことがあるらしい。二人が興味を持ちそうな話選びも上手く、もっとと話をせがまれて、アーサーは困り顔をしながらも優しい声音で色々聞かせていた。
ディックの家が近づくにつれて、カンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。
ここからの主役は双子だ。落とさないようにねと声をかけて、化粧水の入った瓶をライラに渡す。ライラはやや緊張した面持ちで瓶を受け取り、胸に抱えた。
周囲の喧騒に負けないようにアーサーが強めにドアノッカーを叩く。少し待ってみるけれど人が出てくる気配はなく、ライラの眉尻がしょんぼりと下がった。
「ん? おや、ミズキじゃないか?」
不意に後ろから見知った声に話しかけられた。振り向けばタオルを首にかけたダートンがやっぱりそうだと歩いてきた。
「こんにちは、ダートンさん。ディックに少し用があるのですが、今居ますか?」
「この時間ならあいつは鍛冶場だ」
ダートンが大股で鍛冶場に向かう。その後をついて行くと金属音や人の喧騒が一層大きくなった。
「おーい、ディック! 客だー!」
ダートンが出入り口から大声で叫ぶ。暫くすると、呼ばれた通りディックが汗を拭いながら顔を出した。
「あれ、誰かと思ったらミズキたちじゃん。何、どうかしたの?」
険しかった顔がパッと見慣れた笑顔に切り替わる。
ライラはカイルと頷き合って、「これ……」と瓶を高く持ち上げた。
「あのね、お店の新しいやつなの。ママが、お兄ちゃんにもって」
「付けるとひんやりして気持ちいいんだよ」
ディックはぱちくりと双子を見た後、すぐに嬉しそうに破顔した。受け取った瓶を脇に抱え、しゃがみこんで二つの頭を撫でる。
「わざわざ持ってきてくれたのか。ありがとう、すごく嬉しいよ」
満面の笑みで礼を言われて、双子も嬉しそうに顔を綻ばせた。
代わる代わる説明される使い方に耳を傾けながら、ディックの目が瑞希たちに向く。言葉なく礼を伝えられて、気にしないでと瑞希も口だけを動かして返した。




