昼時
一試合が終わって帰ってきたアーサーとディックに、ライラとカイルがスポーツドリンクを渡す。ごくごくと喉を鳴らす二人に、次いで渡されるのは濡れタオルだ。アーサーもディックも、稽古が終わった後は水浴びをして汗を流してくるのだが、しっかり運動した体の熱はそれだけでは冷めてくれないのだ。
太い血管があるところに濡れタオルを押し当てて、アーサーがもう一杯スポーツドリンクを煽る。グラスを返してありがとうと小さな頭を撫でると、あどけない顔がふにゃりとくずれた。
「ミズキは?」
「ご飯作ってるよ。今日はさらっとお粥だって」
カイルの答えを裏付けるように、ふわりと食欲をそそる匂いが漂ってくる。と、ディックの腹がぐうと鳴った。
「兄ちゃんのもあるよ。デザートも」
「お、マジ? ミズキの手料理かぁ」
ラッキー、とおちゃらけた笑顔を見せるディックに、アーサーがぴくりと一瞬眉を動かす。けれどそれだけで、何かを言うことはなかった。
四人で移動していけば、近づくにつれて良い匂いが増していく。リビングへのドアを開ければその匂いはいっそう強くなった。
「アーサー、ディックも、お帰りなさい。二人とも、タオルとかありがとうね」
鍋の中身をかき混ぜながら、瑞希がにこやかに出迎えた。ただいま、と笑顔で返した四人に「あっちで休んでて」とリビングの奥を示す。
示されるままディックが目を向ければ、テーブルには氷の浮かんだアイスティーが人数分用意されていた。
「ママ、お手伝いある?」
「もうすぐできるから……あ、でもテーブル拭いてくれると嬉しいなぁ」
お願いしていい? と瑞希が聞けば、ライラはもちろんと笑顔で答えた。濡れ布巾を受け取って、とたとたと小走りに駆けていく小さな背中を、ディックは感心したように見送った。
そして、ふとカイルが姿を消していることに気がつく。かと思えばキッチンの奥からひょっこり顔を出して、山盛りのサラダを運んできた。
「カイルもライラもすごいな。オレ、自分が子供の頃なんて遊びたいばっかだったのに」
「料理の手伝いなんかもするぞ。包丁の扱いは俺より余程上手い」
どこか憮然としたアーサーの子供自慢に、ディックは思わず吹き出しそうになった。
剣を構えたアーサーはすぐにでも思い浮かぶのに、包丁を持つ姿はどうしてもイメージできない。
小刻みに肩を震わせるディックに、「ならお前はできるのか」と胡乱な目でアーサーが問うと、「一応ね」と曖昧な答えが返ってきた。
「うちは住み込みとかもいて人数が多いから、手伝いは必須なんだよ。特に包丁は切れ味試すのにちょうどいいし」
言われて、なるほどと納得する。
ディックの家の鍛冶屋は武具を扱うが、売れるのは専ら調理器具らしい。この家の調理器具も、そういえば彼の家の作だと思い出した。
「お前は……」
口を突いて出かけた言葉を、思い直して飲み込む。
不自然に途切れたアーサーの言葉。ディックが聞き返そうとした時、「出来たよー」と瑞希の声がした。
アーサーが音もなく立ち上がり、キッチンへと足を向ける。手伝いに行くのだと分かっているが、ディックは逃げられたような気がしていた。
薄い靄がかった胸中に、後で聞けばいいかとディックも腰を上げた。




