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瑞希の要求

 「レシピ料は無料……? え、正気ですか⁇」


 ありえない、と方々から上がる声に、だよなぁと苦笑を零すのは関係者たちだ。彼らも、瑞希の計画を聞いた時には開いた口が塞がらなかった。

 混乱の坩堝と化した会場に、瑞希は徐に手を持ち上げた。


 ----パンッ!


 乾いた強い音に、誰もが反射的に口を噤む。その隙をついて、瑞希は微笑を湛えたまま話を再開した。


 「今回、私は協力してほしいと言いました。なのにお金を徴収するのは筋違いです。それに、私の目的はこのスポーツドリンクの普及であって、利益を得るためではありません」

 「それは、そうだが…………なら君は、私たちに何を望む?」


 いくつもの見極めようとする目に晒される。

 ここが正念場だ。瑞希は威儀を正して前を見据えた。


 「まず一つ目は、価格の統一です。一つの地域に一つの値段で販売してください」


 地域ごとに物の売値が違う以上、どこでも同じ値段にすることはできない。けれど同じ街の中でなら、値段を揃えることができる。どこで買っても同じ値段なら、客の偏りも抑えることができるはずだ。

 道理だと何人かが頷く。

 けれど話はまだ終わりではない。瑞希は再度口を開いた。


 「また、値段の付け方も統一します。利益は、五割に合わせてください」


 利益五割、つまりは原価と利益が等しいということだ。原価を二倍すれば、それが売値となる。

 薬というものはそれなりに値が張る。けれどその大半は技術料や手間賃であることが多い。

 スポーツドリンクは作る手間はあるが薬ほど複雑な工程は無いため、その分利益率を抑えることができる。

 ここまでが値段に関してのことだが、今のところ不満を抱く者はいないようだ。次は、と眼差しで催促されて、瑞希は応えるように頷いた。


 「二つ目は、繰り返しになりますがスポーツドリンクの普及です。もしスポーツドリンクに興味を持った薬屋がいれば、そちらにもレシピを伝えてください」

 「それは、領内の、か?」

 「いいえ。領外でも、可能であれば国外でも、です」


 言い換えればレシピの独占禁止だ。

 これには、さすがに首を傾げる者が多かった。怪訝な顔をする彼らに、瑞希はさらに説明を補足する。


 「このダグラス領だけで、国中の人の分を作ることはできません。国外の分も、なんてもっと無理な話です。必要な時に必要な分をすぐに手に入れられるようにする、そのために、レシピを広めたいんです」


 材料も作り方も、特別凝っているわけではない。なら普及に必要なのは一人でも多くの売り手だ。


 「他に、条件は?」

 「ありません」


 内容を咀嚼し考え込む人々を、瑞希は緊張した面持ちで見つめていた。

 五分、十分。どれだけの時間か続いた沈黙が、とうとう破られた。


 「俺は乗るぞ。契約書をくれ」

 「うちも頼む。人のためになって利益も出るなら、願ったり叶ったりだ」


 次々に、契約書を望む声が上がる。

 肩の荷が下りた瑞希は安堵に体の強張りを緩めた。途端、視界の端に、歓喜にはしゃぐ子供たちの姿が入り込む。アーサーは、誇らしげに微笑みながら瑞希を見ていた。

 不意に、ぱしんと背中を叩かれる。驚いて振り返れば、嬉しそうに目を細めたロバートがいた。


 「ほれ、ぼーっと突っ立ってる暇はないぞ。契約書を配らにゃならん」


 お前が渡してこい、と押し付けられた書類。ずしりと重いそれを、瑞希は大切に腕に抱えた。


 「っ、これから、契約書を配ります。内容を確認した上で、問題なければ署名欄にサインをお願いします」


 最初は少し震えたが、声はすぐに芯を取り戻した。

 一人一人に配り、署名されて返ってきた契約書に、瑞希は目頭が熱くなるのを感じた。

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