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稽古

 ディックが勢いよく踏み込み木刀を振り下ろす。

 アーサーは正面から受け止めたかと思えば体をずらし、それを去なした。相手の体勢が俄かに崩れる。

 しかし倒れかけたところを踏みとどまり、ディックは体を捻って下段から木刀を振り上げた。渾身の力で勢い付けられたそれが間違いなくアーサーを捉える。ディックが口元に薄い笑みを佩いた。


 「甘い」


 アーサーが刀を薙ぎ払う。木と木のぶつかる音がして、ディックの得物が空を舞った。二転、三転と繰り返して、木刀は地に落ちる。

 ディックは手首を押さえていた。直接打たれたわけではない。木刀を通じてアーサーの力が響いただけだ。それでも、ディックの手首は痺れている。


 「っ、てぇ……」


 上がりきった息の中、ディックが悔しそうに声を零す。汗だくになり肩で息をするディックとは対照的に、アーサーの呼吸はほとんど乱れていなかった。汗すら滲む程度の飄々とした姿がいっそうディックを煽ってくる。


 「咄嗟の判断は悪くなかったが、詰めが甘い。最後まで気を抜くな」


 淡々とした声音に、ディックが悔しげな顔をしながらも首肯した。

 アーサーの表情は、それでもかなり柔らかい。そこには誇らしげにも見える色が浮かんでいた。

 剣の持ち方から教わったディックだったが、日々稽古を重ねていく毎に傍目にもわかる目覚ましい成長ぶりを見せていた。彼が剣を取り始めてまだ一ヶ月にも満たないとは、今や誰も思えないほどの実力を身につけている。

 多少息の整ったディックが、転がる木刀に手を伸ばした。アーサーも表情を引き締め、構えを取る。


 「あっ、待って待って! 始めないで!」


 途端響いた瑞希の制止に、アーサーとディックは揃って顔を動かした。

 トレーにグラスを乗せて小走りでやってくる瑞希の姿はどこか小動物を連想させる。その後ろを子供たちも追いかけているのが見えて、思わず肩の力が抜けた。


 「一息入れるか」

 「だな」


 頷きあい木刀を下ろした二人が瑞希の方へと歩みだす。瑞希は間に合って良かったと嬉しそうに顔を綻ばせて速度を緩めた。

 合流したところで差し入れだとグラスを差し出せば、礼を言うや否や二人が大きくそれを煽る。

 ごくごくと動く喉骨を汗が伝った。


 「っぷは! さすがミズキ、凄く美味しいよ」

 「程よい酸味がいいな。清涼感がある」


 ほっと和らいだ表情の二人に、それは良かったと瑞希も笑顔を返す。

 スポーツドリンクを飲み終えたアーサーとディックは、それぞれ双子から受け取ったタオルで汗を拭っていた。

 地面に胡座をかいて双子を構うディックはいつもと変わらない笑顔を見せているがその手首は目に見えて赤みを帯び、腫れている。


 「ミズキ、あとで湿布薬を買いたいんだが……」

 「わかってるわよ」


 小声で耳打ちしてきたアーサーに、はいはいと瑞希は慣れたように苦笑いを浮かべる。

 ディックがアーサーに剣術を教えてほしいと言い出したのは突然だった。休業日にふらりとやってきて、かと思えば頭を下げたのだ。

 そんな彼に、アーサーは理由も聞かず諾と答えた。

 始めと比べれば大分腕が上がってきたとはいえ、木刀を打ち込まれれば当然怪我をする。それに使う薬を、アーサーは毎回自分の懐から出していた。

 ディックにはたびたび世話になっていることから、代金は取らないと瑞希も言ったのだが、アーサーは頑として首を縦に振らなかった。曰く、未来への投資だ、と。

 それがどういう意味なのか瑞希にはわからなかったが、それならと意を酌むことにしたのだ。


 「アーサーって、変なところで素直じゃないわね」

 「ルル」


 アーサーに低まった声で呼ばれて、ルルは大仰に肩を竦める。ちろりと舌を突き出した顔からは反省の色は見出せず、アーサーは諦念交じりに大息を吐いた。

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