新感覚
オレンジやライムをジューサーに投入し、力を加えて果汁を絞り、グラスに移して少量の粉と砂糖を加える。しゅわりと音がしたそれをよく撹拌してから水で薄め、氷を入れてもう一度よく混ぜれば完成だ。
プカプカと氷の浮かぶそれを当然のように渡されて、子供たちの顔に困惑が滲む。
「ただのシトラスウォーターじゃないの?」
「飲んでみたらわかるよ」
訝しげに問うルルに、瑞希が悪戯っぽい微笑を浮かべる。
三人は改めてグラスを見た。果汁のせいか少し白っぽいが、それ以外の変化は見受けられない。いったい何がわかるのかと疑いながら口に含むと、三人の目は大きく見開かれた。
「えっ? えっ?」
「シュワッて、それでパチッてした!」
「なんで……あっ、さっきの粉のせい⁉︎」
何度もグラスと自分とを行き来する視線に、成功成功と瑞希はふくふくと満足げに笑った。
「炭酸っていうのよ。好き嫌いは分かれるけど、私の故郷ではよく飲まれていたの」
二酸化炭素を水に溶かしてできるそれは、作り方さえ知っていれば特別な機械が無くとも作れるのだ。
柑橘類はクエン酸が多ければ多いほど酸っぱくなる。そのクエン酸を多分に含んでいる果汁に、瑞希が加えたのはただの重曹だ。
重曹は酸に反応して二酸化炭素を発生させる。
それを水で薄めて飲みやすくした物が、子供たちが飲んだ炭酸ジュースである。
味は一考の余地があるだろうが、これでも十分新感覚の飲み物として注目を集めることはできるだろう。
「これ、なんでお店では売れないの?」
美味しいのに、とカイルがまじまじグラスを見つめる。最初はびっくりするけれど、すっきりと喉越しの良いこれは若い客層に受けそうだと思う。
ルルもライラも同意するその意見に、だから駄目なのだと瑞希は苦笑した。
「確かにカイルの言う通りなんだけど、放置しておくと気が抜けちゃうのよ。このぱちぱちは一時的なものだから」
さすがに密閉するには道具が無く、作り置きにも向かない炭酸ジュースは、日々大勢の客が訪れる《フェアリー・ファーマシー》では提供するには無理がある。
かといって、これをマルティーナたちに教えても、消費や販売の手助けになるとは考え難い。
「これから暑くなるし、お店に置くならスポーツドリンクの方がいいかな、って」
「…………なに、それ?」
ぽんぽんと瑞希の口から飛び出してくる聞き慣れない言葉に、子供たちは驚き疲れながらも律儀に問い返した。
これにもまた、瑞希は言葉よりも実物をとキッチンに向き直る。
先ほど作ったオレンジやライムの果汁に砂糖と、今度は塩を加えて、水で薄める。作り方はほとんど変わらないように見えるが、しかし今度はグラスは五つだ。
出されたそれをまた慎重に口に含むと、今度は口内で弾けることもなくすんなりと飲み込めた。
「脱水症状や熱中症の予防になるのよ。まあ、やっぱり売るには向かないんだけどね」
残り二つのスポーツドリンクを手に、瑞希が窓に目を向ける。
窓ガラスの向こうでは、アーサーとディックが木刀を取り合い激しい打ち合いを繰り広げていた。




