玉手箱と妖精
しかし、そんな瑞希にも人生の転機というものは訪れた。
ある日、瑞希のマンションに宛てて届けられた小包み。
瑞希はそれを恐らくはまた実家から釣書でも送られてきたのだろうと深く考えずに受け取り証明の印鑑を押して、部屋へ戻る道すがらにぺりぺりと包装を開けた。
出てきたのは、瑞希の予想とは全くの別物だった。
赤く太い銀糸も編み込まれた紐で飾られた、漆塗りの箱だった。黒の下地に映えて輝く真珠に近い色味の模様は渦のようにも見える。
この箱が決して安価な物ではないことは、芸術品に詳しくない瑞希にも一目見た瞬間にわかった。
「なにこれ、玉手箱みたい」
瑞希は言ってから小さく笑った。いくらなんでも夢見がちだ。
しかし、もしもこれが本当に玉手箱だったなら、是が非でも開けたいものだとも思う。御伽草子の浦島太郎は一説によると一気にお爺さんになったらしいが、自分はどの程度老けられるのだろう。
そんな軽い絵空事を考えながら、軽い気持ちで紐を解き、箱の上蓋を持ち上げた。
「っきゃ!?」
箱を開けた瞬間、中から光が放たれた。目が眩むほど強烈なそれに、顔を腕で庇い硬く目を瞑った。
それに次いで訪れた、何か強い吸引力に襲われる感覚。ぐるぐると体内から混ぜられる苦痛な感覚に、瑞希は耐えることしかできなかった。
どのくらい時間が経ったのか、ようやく不可思議な感覚が収まって、瑞希は恐る恐る腕を下げ目を開けた。
「………………え?」
瑞希は茫然と立ち尽くした。声を出せたのが不思議なほど、今の瑞希の頭の中は真っ白になっていた。
ぎこちない動作で首を動かして周りを見回す。そのうちに一点を見つめて、瑞希は今度こそぎしりと音を立てて固まった。
青い空、茶色い大地。緑の草木。この三つが見える時点でおかしいというのに、それよりももっとおかしなものを瑞希の目は捉えていた。
道端の石に腰掛ける、花と同じくらいの大きさの、花を模したような服を着た人形のような女の子。
「よ、妖精……?」
薄い蝶の翅に似たそれを背に生やした、童話や何かの絵本で見るような妖精が、瑞希の目には映っていた。