終幕
薬屋 《フェアリー・ファーマシー》には、今日も大勢の客が足を運ぶ。
「ミズキ、落ち着いたんだって?」
来店早々に話しかけてきたのはディックだ。
「色々と気を遣って頂いて、ありがとうございました」
「そんな、いいよ。結局オレは何も出来てないんだから」
ディックは困り顔で首を振るが、誰からの干渉かわからなかったあの時に、相談できる相手がいることは本当に有難かった。ミズキたちが揃って仕事に忙殺されていたからこそ、余計に。
そう言うとディックは照れ臭そうに頰を掻いて、へらりと気の抜けた笑みを浮かべた。
「ちなみに、ちょっとオレのこと見る目変わったりは……」
「してませんね」
バッサリと言い捨てれば、ディックは芝居がかった動きで失意に暮れて、ルルに指差して笑われていた。こういうところは相変わらずのようだ。
これさえなければ、と傍目に見ていたアーサーが深い溜息を吐く。
瑞希も、困ったように肩を竦めた。
不意に、店の前に馬車が止まる。定期の馬車とは違うそれに、小さく声が出る。
カランとドアベルの音が鳴って、シドとサイレンが寄り添いあいながら店に入ってきた。
シドがサイレンをエスコートしながらまっすぐカウンターへ足を向ける。どうやら今日は客ではないらしい。
店内の注目が、シドとサイレンの二人に注がれる。特にシドには、あれほど熱心にミズキを口説いていたのに、という目が多く向けられていた。
「営業中に済まないね。これから国へ立つものだから」
「そうなんですか。わざわざお立ち寄り頂いて、ありがとうございます」
「ミズキ」
今度はサイレンに話しかけられて、瑞希の目がそちらに向いた。
サイレンはしばし逡巡していたが、「ありがとう」と万感の思いを込めて口にした。
「ねえ、ミズキ。わたくし、貴女にお手紙を書いても良いかしら……?」
「大歓迎よ! もう、今から楽しみになっちゃうわ」
楽しげな瑞希の声と笑顔に、サイレンの顔が嬉しそうに華やぐ。
サイレンの微笑みにとろりと目をとろけさせたシドに、アーサーとディックが冷ややかな目を向けた。揶揄われていると察したシドが、わざとらしく咳払いする。
「僕からも、是非手紙を出させてくれ。色々、話したいことはあるからね」
「はい、お待ちしてますね」
ややおざなりに聞こえる反応に、シドが苦笑いする。ディックが良い気味と肩を揺らして、アーサーに小突かれた。
「…………それじゃあ、名残惜しいけれど、そろそろ」
切り出したシドに、せめて出入り口までと見送りを申し出るが、営業中だからとやんわり断られた。
二人はそのまま店を出て、馬車に乗り込む。立派な馬車が、彼らの故国に向けて走り出した。
「なんというか……最後までお騒がせな奴らだったな」
ぽつりと零したディックに、否定しきれずミズキが無言を貫く。一方でアーサーは、確かにと深々同意していた。
動揺の波が去れば、立ち止まっていた客たちも思い出したように動き出す。
ディックはまたミズキにモーションをかけようとしていたが、アーサーにずるずると引きずられ阻止されて、常連客から失笑を買った。
店中の笑顔につられて、瑞希もころころと愉快そうに笑った。




