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約束

 お茶会を終えた後は、シドに寄り添うようにしてサイレンも彼の馬車に乗り込んでいった。豪華な装飾のそれは、終始気配を殺しながらも感涙していた従者の見事な手綱捌きによって、飛ぶように街への道を走り去っていった。


 「あの二人、どうなるのかしらね?」

 「さあ。だが、シド殿はなかなか入れ込んでいるようだったぞ」

 「なら安心ね。サイレンさんも同じみたいだから」


 よかった、と瑞希が微笑する。

 アーサーは不思議そうに瑞希を見た。


 「随分と、親しくなったな」

 「ええ。だって、とても素敵な人だったから」


 少々突飛なところはあるけれど、ああいう人は嫌いではない。楽しそうに言う瑞希に、アーサーが眉を上げる。少々か? と語る表情に大らかに頷けば、ますます分からないと首を傾げられた。

 多少道を間違えても、踏み留まるべき一線を越えなければ許容範囲だ。間違いを指摘することも、それを許すことも幾度となくしてきた。

 けれどもし超えていれば、瑞希とて歩み寄ろうとはしなかった。相手のために、許さないという選択も必要だと知っているから。

 それに……、と瑞希はアーサーを振り返る。


 「アーサーだって随分と気にかけていたでしょう?」

 「いや、あれは仕方なくで……」


 煮え切らないアーサーの否定に、瑞希がくすくすと小さく笑う。アーサーは尚も弁明を図ろうとするものの、上手い言葉は浮かんではくれず、観念するより他になかった。

 ほらね、と瑞希がさらに笑みを深める。勘弁してくれ、とアーサーが困り果てた声で呻いた。


 「…………ねえ、アーサー。ありがとうね」

 「? それは、何に対してだ?」


 瑞希の礼に、今度はアーサーが首を傾げる。


 「嘘、吐かないでくれて」


 ひゅっ、と。アーサーは息を飲んだ。穏やかに微笑む瑞希に瞠目する。

 どうして、と問いたいアーサーの心理を読んだのか、瑞希は自ら言葉を続けた。


 「シドさんのこと、黙ってたのは私のためかなって」


 確信はないけれど、きっと自惚れではないだろう。

 領主邸での時、言おうと思えば言えたはずだった。関わることはないと思っていたのなら、尚更。

 それでもアーサーが言わなかったのは、余計な混乱や緊張を与えないようにという配慮ではないかと瑞希は思ったのだ。そして、その心遣いがとても嬉しかった。


 「言えないことは言わなくていい、一緒に暮らすことになった時、そう言ったわね」


 突然の回想に、アーサーは戸惑いながらも浅く頷く。

 あの時の言葉の通り、瑞希はアーサーの事情に深く踏み込むことはしなかった。戸籍の手続きの時も、ダグラス老の時も、今回のシドについても、聞きたいことはあっただろうに。

 そんな瑞希が、真っ直ぐにアーサー目を見た。


 「アーサー、ひとつだけ、我が儘を言っていい?」

 「…………なんだ」


 掠れた声で、アーサーが促す。

 瑞希は目を逸らさないまま、願いを口にした。


 「言えないことは言わなくていい。でも、嘘は吐かないで」


 教えてもらえないことよりも、嘘を吐かれることの方がきっと辛いから。

 お願いよ、と懇願する瑞希に、アーサーは堪らずその体を抱き締めた。小さく声を上げた恋人の耳元で直接吹き込むように囁く。


 「…………アーサー=ユーリウス=ウィルクロット」

 「え、」

 「俺の、フルネームだ。約束する。嘘は吐かない」


 この約束は誓いだ。

 まだ呼ばせることはできないけれど、こんな細やかなことさえも我が儘と言う瑞希への、今のアーサーにできる精一杯の誠意。


 「いつか、きっと。全てを話すから。その時は、聞いてほしい」

 「…………うん」


 待ってる、と。腕の中で呟く瑞希に、そっと唇を寄せる。

 触れたのは、一瞬にも満たない時間。それでも心の底から湧き上がる充足感に、確かに幸せを感じた。

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