身の上
子供たちをモチと遊ばせて、大人たちがテーブルを囲む。お茶でもと勧めたのは瑞希だったが、こんなことになるとは思ってもみなかった。
「まずは、改めて挨拶するね。ライ=シド、東の国イリスティアで王子をしています」
「殿下付きの、シバ=ハジと申します」
にっこり微笑するシドと仏頂面のままのハジに、瑞希は口元を手で押さえた。
何かの冗談かと顔を動かすも、アーサーには詫びるような目を向けられ、サイレンには同情的な目を向けられた。それらが差すことは、つまり二人の身分が事実に他ならないということで、瑞希はこの時点で目を白黒とさせた。
しかし、話はまだ始まったばかり。これからが本題と、シドは表情を真剣なものに変えた。
「本当は、名乗るだけで終わるはずだったのだけどね。生憎そうもいかなくなった。----ミズキ、アーサー殿も、あの動物についてどこまで知っている?」
あの動物、と視線で示されたのは暖炉の前を陣取っているモチだ。
ミズキとアーサーはお互い困ったように顔を見合わせた。
「モチ……あの仔は、子供たちが森で見つけて、世話をしていた仔です。私たちが知った時には随分懐いていたので、連れて帰ったんですけど……」
「と言うことは、ここにいるのは本当に偶然なんだね?」
シドがやけに強調した聞き方で再度確認する。瑞希は戸惑いながらも、間違いないと繰り返した。
今度はシドとハジが顔を見合わせる。言葉もなく頷き合ったかと思えば、ハジが口を開いた。
「あの動物は月兎という、我が国固有の動物です。数が少なく、警戒心も強いため滅多に人間の目に触れることはない動物です」
瑞希とアーサーは改めてモチに目を向けた。
モチは今もふもふと子供たちに構われ楽しそうに遊んでいる。とても警戒心が強いようには思えない。
ハジは話を続けた。
月兎は見た目からも愛好家が多く、毛皮の肌触りの良さから収集家も多く存在するため、密猟者には垂涎モノの動物らしい。
その中でも肉球を有する個体は極稀で、望月種と呼ばれ縁起物とも目されており、密猟者が血眼になって探すほど希少価値が高いという。
「この国の森にいたというのなら、密猟者に捕まった後に逃げ出したと捉えるのが自然でしょう」
そして、弱っているところを子供たちに助けられた。
確かに、それなら懐いていることにも納得がいく。
思いもよらないモチの過去に、瑞希は胸を痛ませた。
「モチは…………お返し、しなければならないのでしょうか」
あんなにも子供たちと仲良しなのに、引き離さなければならないのか。
躊躇いがちに尋ねた瑞希に、答えたのはシドだった。
「それには及ばないよ。あの仔がとても大切にされているのは見ればわかるからね」
冷遇されているならともかく、そうでないなら無理に連れ帰ることはしない。
はっきりと言い切るシドに、瑞希はホッと胸を撫で下ろした。
「さて、堅苦しい話はこれでおしまい」
ぱちん、とシドが手拍子を打つ。それからにっこりと笑って、カップを持ち上げた。
「これからも君たちには是非よろしくお願いしたいからね。友好を深めていこうじゃないか」
どうだい? と悪戯っぽく笑うシドに、瑞希とアーサーは頷き合う。
シドに倣いカップを持ち上げた瑞希は、サイレンと目を合わせる。その隣では、アーサーとシドが片や無表情を、片や満面の笑みを浮かべていた。




