会談
和やかとは言い難い落ち着かない雰囲気の中で、瑞希が準備にキッチンへ足を向ける。
サイレンは手伝いを申し出てくれたのだが、お客様だからと気持ちだけ有り難く受け取り、ミズキは子供たちを連れ立っていった。その背に、シドの傍で控えていた従者は物言いたげな目を向けていた。
図らずも大人だけになったリビングで、「それにしても」とシドが声を発する。
「いったい、ミズキはどこまで知っていたんだろう? 僕たち、面識はなかったはずだよね?」
サイレンの隣で、不思議そうにシドが首を傾げる。疑問を投げかけられたアーサーは、ただ黙して首を振った。
「ミズキには隣国の権力者とだけ。他には、本当に何も伝えていない」
あえて繰り返された言葉に、シドと従者が目を剥く。
柔らかな表情を見せていたシドが、僅かに剣呑な雰囲気を醸し出す。すぅ、と細められた目は、鋭くアーサーを貫いた。
「何故、と聞いても?」
険のある言い方に、しかしアーサーは致し方なしと甘んじて受け入れる。シドはますます目に力を込めた。
黙するばかりのアーサーに、シドは鼻白み冷たい目を向ける。
「知る必要は無いと判断した」
本来、ここまで関わるとは思いもしていなかったのだ。
アーサーの言い分に露の理解を示しながらも、シドは視線を和らげることはしなかった。
別に、身分を隠されることに異議があるわけではない。状況を思えばその判断は正しかったとわかるし、だからこそシドも、飾らないミズキと面向かうことができたのだ。
偶然とはいえ仕事以外で巨利を得た自分が、彼を言及することはできない。
シドは大きく息を吐いた。あーあ、と呻くような声とともに、張り詰めていた空気が和らいでいく。その隣で、身を強張らせていたサイレンが安堵の息を零した。
「今回のことは、僕にも非があるからね。自分から名乗るとするよ。……けれど、いつまでも黙秘するのはどうかと思うな。知って、傷付くのは彼女だろう」
シドのそれは忠告だった。アーサーが神妙に受け取り、首肯する。黒髪から覗いた青の姿に、シドは内心瑞希に同情の念を向けた。
溜息を吐きかけたところで、トタン、トタン、と軽い物音がした。階段の方からだ。
不規則な音の仕方は生物によるものだろう。立ち上がった従者が、その正体を目視して絶句した。
階段を下りきったそれが、様子を伺うようにひょっこりと顔を覗かせる。
「えっ……⁉︎」
「あらぁ……‼︎」
シドとサイレンの声が重なる。
タイミングよく、準備を整えた瑞希たちがリビングに戻ってきた。
「あ、モチだ」
「どうしたの、お腹空いた?」
自分が良く懐いている双子に話しかけられて、モチが上機嫌にぴょこぴょこ跳ねた。そのぬいぐるみのような体を、従者が震える手で抱き上げる。もふっとした魅惑の感触に、従者が息を呑む音がした。
小さな手足が離してと抗うように動く。柔らかな毛並みの中には確かに肉球があった。
「月兎……」
「ただの月兎じゃない、望月種だよ」
呆然と呟いた従者に、シドが驚愕に満ちた声で付け加えた。
大の男二人に囲まれて、モチが怯えたように耳を下げ身を震わせる。
「ちょっと、モチを虐めないでよ!」
「怖がってる、下ろしてぇ!」
子供たちから非難の声が上がる。震えてうまく力の入らない手で何とかモチを受け渡すと、子供たちはぴゅっと母の元に逃げていった。
「ミズキ、話があるんだ」
固くなったシドの声に、ミズキは不思議そうな目を向けた。




