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 店の仕事が終わったのか血相を変えてリビングに飛び込んできたシドは、それから必死の形相でサイレンの誤解を解こうと言葉を尽くした。

 いつも完璧な紳士を貫いていた彼のただならない様子にサイレンは呆気に取られていたが、言われていることを飲み込み始めると顔を赤く染めていき、遂には涙目で瑞希の後ろに身を隠した。


 「た、たすけてくださいぃ……っ」


 泣きそうな声で縋られた瑞希が、あらあらと楽しげに笑った。

 シドは嫌われたと勘違いしたのか顔を真っ青にしていっそう情熱的な言葉を続けたが、サイレンはすでに耳も首も真っ赤になっている。

 恥ずかしがって逃げ惑うサイレンに瑞希が宥めるように優しく抱擁する。シドは人が変わったように羨望の眼差しを瑞希に向けた。


 「ミズキ、彼女は私の許嫁で……」

 「あら。でも、私のお友達でもあるんですよ?」


 女同士の友情に水を差す気かと言葉の裏に棘を含ませれば、シドはうっと言葉を詰まらせて、反論の余地を模索しだした。

 瑞希は悪戯心を擽られたが、不意に、シドの後ろに家族の姿を見つける。勘弁してやってくれと言わんばかりの眼差しを投げられて、瑞希は仕方なくその矛先を下げた。

 薄く色づいた肩をそっと撫でて、大丈夫と励ましの言葉とともにその背を押す。瑞希自身は後ろに下がり、静観の姿勢をとった。

 サイレンはたたらを踏むようにしてシドに近づいた。涙目で不安そうにシドの様子を伺うと、シドは僅かに息を詰める。悲しくなって俯いたサイレンの視線の先で、シドが徐に手を差し出した。


 「その、君に……言いたいことが、まだたくさんあって……」


 しどろもどろになりながらシドが必死に言葉を紡ぐ。仕事と称した昼間は次々と口説き文句も溢れ出たのに、ここぞという時にはどうして気の利いた言葉の一つも出ないのか。

 シドは歯噛みするが、その拙い言葉は緊張に強張ったサイレンの心を優しく解きほぐした。

 男らしい武骨な手に、柔らかな繊手が添えられる。

 サイレンの顔はまだ赤かったが、涙は引いていた。恥ずかしがりながらも嬉しいと笑顔を向けられて、シドの顔が一気に熱くなる。それを隠すようにそっぽを向くと、微笑ましげなアーサーと目が合った。彼の傍ではよく似た双子が互いの口に手を当てて、声を出すまいとしている。幼いなりに空気を読んだつもりなのだろう。けれど言葉より如実に語る目に、シドは余計羞恥心を煽られた。

 我に返ったシドにつられるように、サイレンも周囲の存在を思い出す。それを見計らって、瑞希がぱちんと拍子を打った。


 「立っていては疲れますし、お礼というわけではありませんが、お茶でもいかがですか?」


 積もる話は、どうぞお二人の時に。

 にこりと微笑む瑞希に、否やを唱える者はなかった。

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