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メイ=サイレン

 サイレンの家も、身形から予想はついていたが由緒のある家柄らしい。しかも、シドとは幼い頃から決められた許嫁同士なのだという。

 そうとは言ってもシドは多忙の身で、年に数度会えれば良い方、折々に贈り物はくれるけれど、直接手渡して貰えたことは無いらしい。


 「家同士が決めたことですもの、よくあることだとわかっています。…………でも、わたくしは……」


 口にするのを憚られたサイレンが下唇に歯を立てる。その先を、瑞希は正確に読み取っていた。

 最初は営業妨害が目的かとも思ったが、初めて対面した時からこれらの話は確信はなくとも想定していたことだ。

 恋は盲目というが、彼女はそれ以前の問題だろう。

 けれど彼女が、取るべき行動を選び間違えたことには変わりない。その自覚もあるからこそ、彼女は今、ここにいる。


 「貴女のしたことは、決して褒められることではありません。それはわかっていますね?」


 真面目すかした言葉にサイレンは押し黙ったまま、それでも頷いた。後悔のありありと見て取れる顔に、瑞希は小さく嘆息した。ぴくりとサイレンの肩が跳ねる。深く悔いる彼女を笑い飛ばすこともできず、瑞希は肩を竦めた。

 世間擦れしていない彼女は良くも悪くも箱入りなのだ。

 誤解は元凶自身に解いてもらえばいい。

 そう判断を下して、瑞希は敢えて笑いまじりの声で言った。


 「嫌がらせされたとは、思えていないんです。愉快犯だとは思ってましたけどね」

 「で、でも、お魚をばら撒いたりしましたわ! あれは嫌がらせに他ならないはずで……」


 酷い事も言ったと必死に言い募るサイレンに、瑞希はますます笑いを誘われる。思わず失笑すると、サイレンはいたって真面目に自分の悪行を言い募るので、瑞希は余計笑いが止まらなくなった。

 目尻に涙まで浮かべて喘ぐように笑う瑞希に、暗い顔をしていたサイレンの顔が少しずつ明るさを増していく。綻んだ口元に、瑞希が微笑に喜色を滲ませた。

 すっかり毒気を抜かれたようなサイレンの表情は、やはり陰鬱とした表情とは比べ物にならない美しさがあった。

 今更だけど、と前置きして瑞希が口を開く。


 「私は秋山瑞希と言います。瑞希が名前。貴女の名前は?」


 珍しいでしょう、と付け添えると、サイレンは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。ややあって、丸みを帯びた目が緩やかな曲線を描く。


 「わたくしはメイ=サイレン、サイレンが名前ですわ」


 お揃いですわね、と華やかに微笑されて、今度は瑞希がびっくりと目を丸くする。嘘、と声もなく唇が動く。

 ぽかんと呆けた瑞希に、おかしそうにサイレンが声を上げて笑った。


 (やっぱりこっちの方が好きだわ)


 笑顔の彼女はとても輝いていると瑞希は思った。


 「…………ねえ、サイレンさん。私たち、とても仲良くなれると思いませんか?」


 したり顔で言う瑞希に、サイレンが戸惑い言葉を詰まらせる。なにを言いたいか、察しはついているのだろう。けれど、負い目を気にしている。

 わかっていて、それでもなお瑞希は言葉を重ねた。


 「私と、お友達になってくれませんか?」


 瑞希がサイレンに手を差し出す。

 サイレンは、そろそろと躊躇いがちに、それでも確かに、その手を取った。


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