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二人の女性

 扉を開けっ放しにして店に飛び込むと、出入り口の所で二人の女性がうんうんと唸りながらドアに手をかけているのが見えた。ドアに手をかけている女性はフェスティバルで見かけたような美しいドレスを纏い、彼女をはらはらと見守っている女性は領主邸で見たお仕着せを着ている。

 どう考えても、この辺りの住民ではない。

 とりあえず急ぎの客ではないようだと胸を撫で下ろした瑞希は、驚かせないようにゆっくりと足を進めた。


 「あらぁ? うーん……どうしてかしらぁ? うまく結べませんわぁ」

 「お嬢様ぁ、もう諦めましょうよぉ〜」

 (結ぶ? って、何を?)


 首を傾げながらも近づいていくと、ぱちんと、お仕着せの女性と目が合った。しまった、と明らさまに顔に出した女性が、慌てた様子で主人の肩を叩く。瑞希の姿を認めたドレスの女性が「あっ」と声を漏らした。

 陽の光を受けて煌めくシルバーブロンドと、エメラルドのような深みのある緑の瞳。見るからに柔らかそうな肌は真珠のように白く、小刻みに震える唇は艶やかな桜色をしている。

 綺麗な人、というのが瑞希の抱いた印象だ。

 その美しい容貌に絆されたわけではないが、瑞希の中にあった警戒心はすっかりなくなっていた。


 「あの、お急ぎなら……」


 すぐに開けますよ、と言いかけた瑞希が言葉を打ち切る。

 ドレスの女性は、きっと眦を釣り上げた鋭い眼差しで瑞希を睨めつけてきた。きつく引き結ばれた唇が、意を決したように開かれる。


 「っこ、」

 「こ?」

 「このっ…………泥棒にゃんこー‼︎」

 「えっ、えぇ⁉︎ ちょっ、待ってくださいお嬢様ぁあっ‼︎」


 叫んだと思ったら、ドレスの女性は銀糸の髪を靡かせて馬車に飛び込んでいった。その後をお仕着せの女性が追いかける。

 バタンと乱暴にドアの閉められた馬車は、御者の手綱捌きで風のように道を掛けていった。


 「えーと……それを言うなら泥棒猫では……?」


 一人取り残された店内で、瑞希は呆然としながらも呟いた。

 いろいろ頭が追いつかず立ち尽くしていると、慌ただしい足音が近づいてくる。ぼんやりとした頭でゆるゆると振り向くのと、アーサーが飛び込んでくるのとはほとんど同時だった。

 アーサーは棒立ちの瑞希を見ると、無事でよかったと強張った顔を柔らかく緩めた。


 「大声が聞こえてきたから慌てて来たんだが……何かあったのか?」

 「ああ、それは私じゃないわ。なんか、美人さんが……泥棒にゃんこーって」

 「…………にゃんこ?」


 ことりと小首を傾げたアーサーに、瑞希がこっくり頷いて応える。

 妙な沈黙が二人の間に流れた。

 居心地の悪い空気を払うように、ごほんとアーサーが態とらしく咳払いする。


 「客ではなかったんだな?」

 「ええ。扉の前で何か……結べない、とかって言ってたわ」

 「何をしていたのか……見に行ってみるか」


 一瞬思案を巡らせたアーサーの提案に、瑞希はまた頷いて同意を示した。

 現場保存ではないが、ありのままの状況を確認するため玄関から出て店側に回る。

 出入り口の扉には、緑色のリボンが巻き付けられ蝶々結びにされていた。

 斜めで左右の輪の大きさが違うそれに、「うまく結べない」という言葉の意味を知る。


 「今までの嫌がらせもどきって、あの人たちだったのかしら?」


 それなら納得だわ、と頬に手を当てて暢気そうな瑞希に、間違いなくそうだろうとアーサーが断言した。

 アーサーは無言のままドアに手を伸ばしリボンを解いた。そして徐にそれを瑞希に差し出す。

 受け取ったそれは柔らかく、肌に馴染む滑らかな手触りだった。


 「嫌がらせに絹のリボンを使う奇特な人間は早々いない」


 憮然として言い切るアーサーに、瑞希も納得しかなかった。

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