大人の遣り取り
やがて次便の馬車馬の嘶きが聞こえてきて、家族の微笑ましい一幕を無心で見つめていた客たちが慌てたように会計に並ぶ。
そわそわと落ち着きのない人々に、それを予想していた瑞希がてきぱきと手を進めていく。滞ることなく会計が済まされていく列に、少しずつ表情を緩める人が次第に増えていった。
最後尾はぎりぎりまでカイルを構っていたディックだった。カウンターに置かれたのは、ダートンの湿布薬と、いつもは買わない痛み止め。
不思議に思った瑞希が一瞬手を止めると、それに気づいたディックが苦い微笑を零した。
「親父のやつ、ぎっくり腰になってさ」
「えぇ? 大丈夫なんですか?」
「ヘーキヘーキ。若くないのに熱り立つからああなるんだよ」
自業自得さ、とディックは言うが、痛み止めを買って帰るあたり痛みは酷いのだろう。
心配だと表情を曇らせた瑞希に、それより、とディックは声を潜めて無理矢理話を切り替える。
「アイツに聞いたよ、嫌がらせされてるんだって? そっちこそ大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます。嫌がらせって言っても、ちょっと変なことが続いてるだけですから」
そう答えると、ディックは「それなら良いけど」とほっと安堵の息を吐いた。なんだかんだとあるけれど、結局性根は優しいのだ。
柔らかくはにかんだ瑞希に、ディックはうっと言葉を詰まらせる。それから、がりがりと後ろ頭を強く掻いた。
「あー、もう。本当に、大事になる前に言ってくれよ? あんな思いするのはもう御免なんだから」
「ええ、わかってます。もしもの時は力を貸してくださいね」
にっこりと笑顔を浮かべる瑞希に、こっちの気も知らないでとディックはやりきれなさに天井を仰いだ。
また馬の嘶く声がして、馬車が店の前に止まる。
「ああ、馬車が着きましたよ。早く行かないと乗り遅れちゃう」
「わかってる。……街で変なヤツがいないかとか、情報集めるから。本当に、気をつけて」
「はい。ダートンさんに、お大事にってお伝えください」
「ん、ありがとう」
またね、と紙袋を受け取ってディックが手を振る。それに小さく手を振り返して見送って、新しい客たちを出迎える子どもたちに目を向けた。
双子はせっせとサービスティーを手渡して、時々話しかけられたりしている。
特に変わった様子が見受けられないことに胸を撫で下ろして、瑞希は手早く程近い所から商品補充を済ませていく。そして会計の客が来そうな頃になると、またカウンターに戻って、接客に勤しんだ。




