無自覚テロ
嵐のようなシドがいなくなると、カイルがぱたぱたと駆け足でディックに走り寄った。カイルが嬉しそうに笑みを一つ零し、兄貴分の腕に抱き着く。
ディックは足に飛びついてくる弟分に、しょうがないなと苦笑した。形の良い小さな頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「わあっ、もうっ、ぐしゃぐしゃにしないでよぉ!」
そうは言ってもはしゃいだ声を上げるカイルに、ディックはごめんごめんと軽い調子で謝りながらも撫でる手を止めなかった。
少ししてようやくディックの手が止まると、今度はカイルが抱っこを強請るように両腕を上げる。
そうされることをわかっていたディックは、子どもの華奢な体を軽々抱き上げた。ぽすんと肩に小さな頭が押し当てられる。
「…………あのね、ありがと」
「いーんだよ。オレだってアイツ、嫌いだし」
小声でそう言って、ディックはウインクを一つ投げた。
「………………」
ひどく親しそうな様子の二人に、アーサーが羨むような妬むような、複雑な目を向ける。
瑞希とルルはそれを眺めながらコロコロと鈴を転がすような声で笑っていた。
「アーサーよりディックの方が好かれてるのかもよ?」
わかりやすく揶揄うルルに、そんなことはないとアーサーが言葉尻強く言うが、その目は変わらずディックとカイルに釘付けだ。
やきもち焼きー、とルルがさらに揶揄った。
「大丈夫よ。お父さんとお兄ちゃんは別物でしょう?」
「それは…………そうかも、しれないが……」
それでもやっぱり納得できない、と不貞腐れるアーサーに、瑞希はいっそうの笑いを誘われた。
(そんなに言うなら、もっとわかりやすく構ってあげればいいのに)
そうは思うけれど、これはこれでアーサーらしい。
くすりと一笑を零して、瑞希はパチン! と強めに一つ拍子を打った。跳ね返るように幾つもの目が集まったのを確認して、こほんと小さく咳払いする。
「仲良しなのは良いけれど、お店だってことは忘れないでね」
やんわりと窘められて、ディックとカイルは決まり悪そうな顔をした。
カイルが下ろしてと訴えるようにディックの肩をぺしぺし叩く。とん、と両足が床に着くと、カイルはとたとた出入り口のところまで戻って、取ってきたサービスティーのカップをディックに手渡した。
「いらっしゃい、ディックにい」
えへへと悪戯っぽい笑みを浮かべたカイルに、ディックは気恥ずかしそうにしながらもコップを受け取った。
そんな二人を、歯軋りでもしそうな勢いでアーサーが食い入るように見る。瑞希とルルは呆れたような目をアーサーに向けた。
ふと、アーサーの裾が引かれる。下を向くと、ライラがもじもじと恥ずかしそうにしながらもアーサーを見上げていた。
「ライラ? なんだ、どうかしたのか?」
アーサーが膝をついて目線の高さを合わせてやる。すると、「えいっ」という掛け声とともに、ライラがぎゅうっとアーサーの首に腕を回した。
急に抱きつかれて、アーサーの思考が止まる。驚きの表情のまま固まってしまったアーサーのすぐ傍で、あらあらと瑞希が微笑ましげな声を零す。
「ライラったら、羨ましかったのね」
「アーサー、ほら、しっかりしなさいっ」
飴と鞭、二者二様の反応。
ルルに急かされてはっと我に返ったアーサーがぎゅうっと抱きしめ返すと、ライラはきゃぁ、と可愛らしい悲鳴を上げた。
少し離れたところで、弟妹たちをニコニコと微笑ましげに見守っていたルルに瑞希がこっそり手を伸ばす。
いきなり撫でられて驚いたルルに、瑞希は慈しみの目を向けていた。
「な、なによ?」
「ルルがいつもとっても良い子だから」
お姉ちゃんだって、もっと甘えてくれても良いのよ、と優しい声で言う瑞希に、ルルは擽ったい気持ちになった。
あぅ……、とルルが言葉にならない声を出す。
「…………お店だって、ミズキが言ったのに」
「大丈夫よ、みんなあの子たちに夢中でしばらく動けないから」
意地っ張りなルルにのんびりと答えて、瑞希は「いつもありがとうね」とルルを甘やかす。
少しだけよ、と消え入りそうに零したルルの声は、瑞希だけが聞いていた。




