悩みの種
フェスティバルから日が経てば、ほとんど『蕾』効果も表れなくなった。けれど、薬屋には連日多くの客が訪れる。遠方から来ていた観光客が宿泊先や立ち寄り先で評判を零して行ったらしく、地元の街のみならず隣街などからもわざわざ客が来るようになった。
冷やかし、あるいは興味本位。そんな客が次々に薬屋にやってきたが、一度は溢れかえるような大盛況を経験したこともあり、瑞希たちの対応は迅速かつスマートだった。
結果、評判がいっそうの評判を呼び、今まで以上の盛況が根付くようになったのだ。
入ってきた人々が、その値段に驚きながらも嬉しそうに買って帰っていく。
「何処もかしこも、薬は高いのねぇ」
ルルは呆れたように言うけれど、その表情は誇らしげだ。そんなルルを微笑ましく思いながら、瑞希はそうねと相槌を打った。
「ねえ、ミズキ。あのこと、あの子たちには……」
言い淀むルルに、瑞希は困ったように苦笑して首を振った。うぅん、とルルが悩ましげに唸る。
思い悩む二人の頭には同じことが浮かんでいる。
魚の開きから始まったが、ジャーキーやドライフルーツなど、手を替え品を替え店の前が埋め尽くされる。そんな嫌がらせなのか何なのかよくわからない珍現象は、今もなお続いていた。
「まぁ、害はないみたいだし……」
「それは、…………そうだろうけど」
微妙な顔をする二人の視線の先では、カイルとライラがそれぞれ客に商品の説明をしていた。説明を受けている客はほっこりしながらも感心しているのが見て取れる。
そんな光景に心を温めながらも、やっぱり言わなくていいと瑞希は一人頷いた。
「いったい何処のあんぽんたんなのかしらねぇ」
お間抜けにもほどがあるわ、と眉根を寄せるルルに、そうねと瑞希はまた相槌を打った。
からんとドアベルが鳴る。パッと顔を上げた二人は、同時に内心で低い声を出した。
「やあ、今日も元気そうだね!」
シドは惜しみない笑みを浮かべて上機嫌に入ってきた。その一歩下後ろには付き従う御者がいたが、その顔には若干の疲労が滲んでいた。
シドは頭を撫でようと双子に手を伸ばし、ぺしんとカイルに叩き落とされる。
仔猫のように威嚇するカイルに、シドはやれやれと慣れたように肩を竦め、ゆったりとした足取りを瑞希に向ける。
「さて。今日こそ色好い返事が欲しいんだけど?」
「それは残念。今日もお断りさせて頂きます」
小気味いい切り返しだった。何度も繰り返されるこの遣り取りに、初めこそ落ち着かない様子だった常連客たちも、今では「またやってるよ」と気楽に眺めている。
なにせシドの来店も、嫌がらせ(仮)と同じく続いているのだ。慣れもする。
しかし、そうでもない者もいた。
「営業妨害だ」
「何度も何度も、いい加減諦めたらどうなんだい? しつこい男はモテないよ」
一段と低い声が間に割り入る。アーサーとディックだ。
一見すればぴりぴりとしている二人だが、それにシドが動じることはない。これにもまた慣れたことと肩を竦めて、一歩、後ろへ下がった。
この一連の流れも、ここ数日ですっかり見慣れてしまっていた。
それでも瑞希が、そしてアーサーとディックがシドを邪険に扱わないのは、彼が客としての立場を捨てないからだ。
シドは棚に並ぶたくさんの商品を見て楽しげに目を輝かせ、その中から幾つかを手に取る。
シドは健康促進商品に興味があるらしく、特にハーブティーがお気に入りらしい。
瑞希は今日も持ってこられたハーブティーの茶葉を袋に詰めて、その代金を御者から受け取った。紙袋を抱えるのも御者だ。
「ありがとうございました」
「ふふふ。また明日ね、ミズキ」
また明日も来るのかと、男三人の顔が嫌そうに歪む。いや、出入り口のところでカイルも顔を顰めているのをルルは見た。
瑞希は完璧なサービススマイルを浮かべたまま、「またのご来店をお待ちしております」と社交辞令を口にする。
シドが上機嫌に微笑み、ひらひらと手を振り店を出る。御者はご迷惑をと謹んで頭を下げ、シドの後に従った。
「なんか……大人って大変なのねぇ」
しみじみと呟くルルの言葉を、アーサーとミズキは全力で聞かなかったことにした。




