一触即発
カイルは決して御者から目を逸らさなかった。
御者はカイルの警戒心にひどく困惑しているようではあるが、機嫌を悪くしたような素振りは露ほども見せない。それどころか「驚かせてしまってすまないね」と苦笑を浮かべて謝罪までしてきたことからも、悪い人ではないことはわかっていた。
そうしているうちに、また店の外が騒がしくなった。そちらに気を取られそうになるのを堪えた一方で、目の前の御者こそが意識を逸らし、外を見て顔を驚愕の色に染めた。
「っちょ、悪いが、ちょっと失礼するよ!」
おざなりな断りを入れて、御者は慌てて店を飛び出して行った。
予想していなかった展開に、気の抜けたカイルがぽかんと口開ける。思わず目で追った御者は馬車から降りてきた人物に慌てて駆け寄り、何事かを言い連ねていた。
遠くて顔まではよく見えないが、服装や体格から男性であることはわかった。主人らしき人物は御者を片手であしらって、衆目を集めながら店へと向かってくる。
「カイル」
背後から呼ばれて、カイルははっと我に返った。振り返れば、心配に眉を下げる父がいて、どうしてそんな顔をするのか一瞬わからなくなった。
アーサーは板張りの床に膝をついて、双子と目線の高さを合わせた。
「変な客がいたようだが、何もされなかったか?」
「あ……うん。悪い人ではなかったと思うよ。でも、なんか急に外に出てっちゃって、」
今戻ってきている。と言いかけた時、背後でからんとドアベルの音が鳴った。振り返ったアーサーとカイルが、ドアに手をかける人物を見て目を丸くする。その人物もまた、二人を驚きの目で見返していた。
「あれ? 君たち、こんな所で何をしているんだい?」
華やかな顔立ちに相応しい甘い訂正が響く。疑問とともに首が傾げられ、柔らかそうな茶髪がふわりと揺れた。
驚くばかりと二人を他所に、彼は目敏くライラも見つけて、こんにちはと柔らかな微笑で挨拶している。声をかけられたライラは少し緊張した様子で挨拶を返し、まごつきながらサービスティーを差し出した。
アーサーは立ち上がり、感情の薄い顔で彼を見据えた。
「ライ=シド殿と言ったか。このような街はずれにまでわざわざ足を運ぶとは、どういった用向きで?」
「街はずれにしては、大盛況だよねぇ。街で聞いた評判も頗る良かったし」
「用向きは?」
低くした声音でアーサーが繰り返す。音一つにさえ籠る気迫を物ともせず、シドはにこりと人好きのする笑みを浮かべた。
ひくり、アーサーの眉間が僅かに狭まる。
「ミズキにね、会いに来たんだ」
さも楽しそうに答えたシドに、アーサーは腹奥に熱く渦巻く何かを感じた。
アーサーの様子などお構いなしに、シドは店の奥に進もうとする。
アーサーは咄嗟に手を伸ばした。けれどそれは、別の男に捕らわれ阻まれる。掴んだのは御者だった。
「主人に触れないで頂こう」
厳しい声音の警告に、アーサーはきつく歯を食いしばった。




