厳戒態勢
どんなに慌ただしい時間も、長く続けば僅かなりとも慣れが生まれる。
まず最初に気づいたのはカイルだった。店の外から不自然な騒めきが聞こえてきて、覗いてみると派手な装飾の馬車が止まっていた。周囲の人々がそれにひどく動揺しているのが見える。
もしかして、お客さんだろうか。もう少し様子を伺っていると、馬車から御者が降りてきた。御者は衆目を物ともしないで、まじまじと店を観察する。
「カイル? どうしたの?」
ずっと外を見つめている片割れにライラが声をかける。カイルが少しずれてちょいちょい、とドアの外を指差した。ライラはその隣に並んで店の外を覗き込んでみる。
「わぁ、きれーな馬車ぁ。お客さんなのかな?」
ライラもほとんど同じことを思ったらしい。カイルは「そうだと思うけど……」と曖昧に答えた。だって、御者は店を見つめているだけで、近づいてこないのだ。
どれくらいかそうしていると、御者が馬車の中の人に何か話しかけた。所々で丁寧に腰を折る様子に、偉い人のようだとカイルは察した。
御者がとうとう店に向かって歩いてきた。
それを見て、サービスティーの用意をする。御者の分の一杯と、馬車に何人いるかわからないけどとりあえずもう一杯。それらを注いだところで入り口が開いて、さっきまで見ていた御者が店の中に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
「これ、サービスティーです。馬車の人の分も出せます。何杯いりますか?」
御者は双子の出迎えに目を瞬かせたが、すぐに咳払いして気を取り直した。
「サービスねぇ……ティーってことは、これはお茶なの? 薬じゃなく?」
「薬草から作ったお茶で、体に良いんです」
こういう質問は今までにも何度かされた質問だ。すらすらと答えるカイルに、御者はまじまじと渡されたハーブティーを見つめた。
くんくんと香りを確かめて、恐る恐ると小さく一口含む。美味い、と唇が動いた。
「あー……坊やたちは、この店の子かい?」
尋ねる御者を見上げながら、双子が揃って肯定する。すると御者は何故か当惑したような顔をして、改めて双子をまじまじと見下ろした。
「君たちは幾つだい?」
「九歳。もうすぐ十歳になるよ」
答えたのはライラだった。カイルは、なんでそんなことを聞くのかと御者を注意深く観察する。
ふわりと、こちらの様子に気づいたらしい姉が飛んできた。
「カイル、この人は?」
「……わかんない。お客さん、だとは思う……けど……」
こそりと答えるが、ライラに答えた時よりも確信は持てなかった。
ルルがじいっと御者を見る。外に馬車もあると耳打ちすると、そちらにも目を向けた。
絢爛豪華というに相応しい馬車だが、誰のものかはわからないらしい。
「とりあえずミズキに知らせてくるわ」
そう言って宙に飛び上がった時だった。
「ここに『ミズキ』という女性はいるかい?」
御者の口から飛び出した言葉に、ルルはうっかり墜落しかけた。
御者は名前しか知らないようで、もしや君がそうなのかとライラに尋ねてさえいた。
この男、ますます怪しい。
「カイル、ライラも、あとちょっとだけ待ってて。すぐにアーサーを呼んでくるから」
カイルは小さく頷いた。
ルルが今度こそ飛び上がり、アーサーめがけてすっ飛んでいく。
カイルはライラを庇うように御者と対峙して、相手の一挙手一投足まで警戒した。




