疲れた時には
「つっかれたー‼︎」
ルルとカイルの叫びが重なる。ライラも大声こそ上げなかったものの、ぐったりとしてソファーにへばりついていた。もふもふ、とモチがまんまるい体を子どもたちに擦り寄せる。三人は無心になって手を動かしていた。
アーサーは目元に僅かな苦笑を浮かべながら、フルーツジュースを持っていく。グラスにたっぷり入ったそれを受け取ると、三人はごくごく喉を鳴らして一息で飲みきってしまった。
それを納得の目で見つめながら、アーサーも自分の紅茶をゆっくりと口に含んだ。アーサーが飲んでいるのは、砂糖をたっぷりと入れたロイヤルミルクティーだ。疲れた時にはとにかく甘いものが欲しくなる。その欲求のままに迷わず淹れたのだ。
甘い紅茶が一口喉を通るたび、じんわりと頭に糖分が染み渡る。そのなんとも言えない感覚を数度味わってから、アーサーは重だるい体を動かしてキッチンに向かった。
キッチンでは、店を閉めたばかりの瑞希が休みもせずに料理に臨もうとしていた。
「あら、アーサー。あの、……もしよかったら、少しお手伝いをお願いしてもいい?」
ひどく落ち着かなさそうに頼る瑞希に、アーサーは満足そうに頷いて応える。すると瑞希はほっとしたような微笑をこぼすので、アーサーは俄然やる気になった。
瑞希が頼んだのは野菜の汚れ落としだ。つい最近初めて料理らしい料理を覚えたアーサーには、それでも気を使う仕事である。
アーサーに泥などを落としてもらっている間に、瑞希はパンをスライスして、綺麗になった野菜から包丁を入れていく。トントン、とリズミカルな音に、アーサーが僅かに目元を和ませた。
「手際がいいな」
「そう?」
擽ったそうに瑞希が笑う。その間にも規則的な音は鳴り止まず、あっという間に玉ねぎのスライスが終わってしまった。
瑞希はそれをマヨネーズで和えて、ハムも加えてパンで挟む。
今日の昼食はサンドイッチのようだ。
そこで、アーサーはふと手元を見た。レタス、トマト、人参、蕪--記憶が正しければ、どれも生で食べられるものばかりだ。
アーサーはちらりと瑞希に目をやった。瑞希は気付かず、次々とサンドイッチのバリエーションを増やしている。
さらに視線を動かした先。リビングでは、ルルが今もなお疲れ切った様子でモチの毛並みに埋もれている。
「呼ばないでね」
こっそりと瑞希が釘を刺す。もちろんだと、アーサーは承諾した。
瑞希はすでに食事分のサンドイッチを作り終えたようで、なぜか生クリームのホイップに移っていた。手元には、冷凍庫から取り出したばかりの凍ったフルーツが小山を成している。
目が釘付けになったアーサーを、瑞希は甘やかな声で窘めた。
「これはまだダメよ、ご飯の後。疲れた時には甘いものが一番だものね」
「そう、だな……」
心なしか消沈した声のアーサーに笑いを誘われながら、瑞希は泡立てるのに勤しんだ。
ツノが立つようになったら掬って、避けておいたパンにムラなく塗りつける。そこにフルーツを散らして、同じく生クリームを塗ったパンで挟んで、フルーツサンドの完成。
甘そうだな、とアーサーが嬉々として呟く。瑞希は内緒よと囁いて、一切れを口元に差し出した。味見は、料理を手伝った時だけの特権だ。
アーサーは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、好物への欲求には勝てなかったらしい。大きな一口が、フルーツサンドの半分ほどを攫っていく。
「美味い」
幸せそうな呟きに、瑞希は満面の笑みを浮かべた。
数分後、フルーツサンドを巡って熾烈な争いが生まれたことは、また別の話である。




