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想い出

 ダグラス老が運転席に座りハンドルを握る。瑞希たちは後部席に乗り込んだ。

 そして走り出した蒸気自動車は、瑞希の予想を上回ってとにかくよく揺れた。乗り物酔いしやすい性質ではなくて良かったと瑞希は心底安堵したのだが、瑞希の肩にとまっていたルルは慣れない振動に早くもグロッキー状態となり、今はモチに突っ伏していた。

 この酷い揺れの原因は、タイヤの質の問題もあるだろうが、地面が舗装されていないということが大きいだろう。なにせ車は今、石畳さえない野道を走行しているのだから。

 フェスティバル自体は昨日一日で幕を閉じたが、それを抜きにしても、もともとこの地域は風光明媚な土地として名を知られている。例年、物のついでとばかりに観光していく旅行客も少なくないそうだ。

 街道の人波が引くにはもう二、三日はかかるだろうというのがダグラス老の見解だった。

 野道を走る車は速く、吹きつける風はなかなかに強い。目まぐるしく移り変わる景色にカイルとライラが身を乗り出しかけたところで、アーサーが素早く抱き込んで止めていた。がっしりと体の前に回された腕に抱きつきながら、二人が顔を向き合わす。それから仕方ないと身を乗り出すのをやめて、のんびりとアーサーの膝の上で話し出した。


 「クルマ、早いねぇ」

 「馬とどっちが早いかな?」


 アーサーの腕に囲われながら双子が話し合う声は元気そうだった。乗り物酔いはないらしい。

 双子の声を耳聡く聞いたダグラス老は、顔を前に向けたまま話しかけた。


 「君たちは馬にもう乗れるのか?」

 「まだお散歩だけだけどね。この前父さんが教えてくれたんだよ」


 自慢げに答えたカイルに、ライラも控えめに肯定する。ダグラス老は凄いなぁ、と目をきらきら輝かせて二人を褒めた。

 そして話し出すのは、彼の若き日の思い出だった。ダグラス老も、青年の頃には馬を駆って彼方此方に赴き見聞を広めていたそうだ。

 後継として決まっていたからこそ、自分の治める土地を、本当の意味で知るためだった。

 その最中に、一人の女性と出会った。そして恋に落ち、領民たちの祝福を受けて結ばれた。

 幸せだったよ、とダグラス老が懐かしんで語る。すべてが過去形で表される思い出話に、瑞希は昨夜見た翳りの正体を悟った。


 (もう、奥方は…………)


 瑞希は悼み、そっと目を伏せた。それと同時に、彼の情け深さに心からの敬意を抱く。

 回廊の、飾られた絵画に向ける慈愛の瞳。

 きっとダグラス老にとって、領民は我が子も同然なのだろう。だからこそ、子が生み出した作品にも同様の情を向ける。


 「ミズキ……?」


 どうしたの、とルルが弱った声で問いかける。瑞希は安心させるように笑いかけ、優しくその頭を撫でた。

 不意に、片側にあたたかな温もりを感じる。寄り添うように、アーサーが体を瑞希へと傾けていた。

 気遣わしげな目が瑞希に向けられる。

 瑞希は何も言わず、アーサーの方へと少しだけ体を傾けた。

 ダグラス老は今も双子と楽しそうに談笑している。

 その優しい光景を、瑞希は穏やかな目で見守っていた。

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