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正体

 連れて行かれたのは、邸の外だった。明るい時間帯のためか、周りがよく見える。邸を出てすぐに見えたのが庭だったので、これが件のお楽しみかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。名残惜しげなルルとライラを他所に、ダグラス老はあっさりと美しく手入れされた庭園も通り抜ける。

 彼の目指す先は、その奥のこぢんまりとした建物のようだ。


 「お爺さん、ここもお家なの?」

 「いやいや。ここは小屋だよ」


 小屋というには、少し不思議な建物だった。まず、窓が一つもない。それに、唯一だという出入り口は扉がやけに大きい。

 ここにいったい何があるんだろう。

 そんな期待に応えるようにダグラス老がポケットから鍵を取り出す。そして小屋の錠前を外し、大きな扉を開け放った。暗く閉ざされていた屋内に、明るい陽の光が入り込む。

 瑞希は思わず息を飲んだ。


 「…………わ、ぁ……」


 カイルがうっとりと魅入るような声を出した。

 小屋には、ただ一つ、それだけがあった。

 丹念にワックスをかけられ手入れされた黒い体は四角く、前後に分かれている。鋳造されたばかりのような銀色の四つ足と、その縁を覆う黒。左右一つずつついたフロントライトはまるで目のようだ。

 ダグラス老が操作すると、それは生きていることを誇示するかのように身体を震わせる。


 「すっごーい! 何これ、何これ⁉︎」


 カイルが興奮しきりに声を上げた。ライラもルルも、動き出したそれに顔を真っ赤にして見つめている。

 その一方で、瑞希はようやく違和感の正体を掴み取っていた。それが何なのか、瑞希はよく知っていた。


 (--ああ、もう…………)


 瑞希が手を額に当てる。

 初対面なのに初対面ではない。瑞希の感覚は正しかった。前後の強すぎる印象のせいで靄がかってしまっていたのだ。

 脳裏に蘇るのは、冬を迎える前のこと。不法入国者として捕らえられかけた瑞希の窮地を救ってくれたのはアーサーだけではない。ダグラス老も、その一人なのだ。

 子どもたちが自動車にまとわりついている中で、瑞希の変化に気づいたダグラス老が車を降りる。

 ダグラス老は深々と頭を下げた。


 「あの時は、私の監督が行き届かず、要らぬ苦労をおかけしてしまった」


 本当に申し訳ない、と心苦しそうに謝意を表するダグラス老に、瑞希は静かに首を横に振った。


 「その節は、大変お世話になりました。ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げる瑞希にダグラス老が瞠目する。

 これでいいのだと、瑞希は確信していた。

 ダグラス老は、世にも貴重な物をわざわざ動かしてくれた。その後の差配も、領主手づから指揮してくれたと聞いている。

 どちらも感謝して然るべきことだと改めて礼を述べる瑞希に、ダグラス老の喉が、込み上げてくる涙を吞み込むかのようにごくりと動いた。


 「…………良い、本当に良い方を、見つけられましたな」


 震える声がアーサーに向く。

 アーサーはむず痒そうに、けれど誇らしそうに微笑んだ。

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