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不明瞭なもの

 (----あ…………)


 目を逸らすことのないアーサーの真剣な表情に、瑞希は形容しがたい不安を覚えた。視線を外せないまま、囚われたように動けなくなる。

 こんなにも相手だけになる自分を、アーサーもまた見つめていた。世界中の音が消えてしまったかのような錯覚に陥る。

 いったい、何が起こっているのだろう。

 そう思うけれど、うまく働かない頭は状況を理解させてはくれなかった。逆らってはいけない雰囲気だけを本能が感じている。


 「ミズキは、警戒心がなさすぎる」


 不意に、低語の声が瑞希の鼓膜を震わせた。それは独り言のようにも聞こえたが、瑞希の胸を締め付けるには十分だった。

 心を揺らす響きが、切ない甘さを孕んで囁く。


 「今、お前にとって俺は一番危ない男かもしれないというのに」


 アーサーが苦悩の色を滲ませながら瑞希の顔にかかる髪を払いのける。片腕だけで支えているのにいささかも揺らがない体躯に、思わず体が小刻みに震えた。

 大きく分厚い手が瑞希の片頬に添えられる。ゴツゴツと胼胝(たこ)の目立つ手は少しかさついていたが、不思議とそれが心地よかった。


 「ディックの時は、まだ我慢もできた。でも、今度はできそうにない。したくもない」


 アーサーが低く唸る。その目には、目まぐるしく移り変わる二つの感情が宿っていた。

 ひとつ。ふたつ。瑞希が瞬きを繰り返す。


 (これは、…………嫉妬……?)


 ヤキモチというには根の深い、強い情動。彼が見かけによらず激情家だとは知っていたが、改めて思い知らされた気分になる。

 アーサーに強い感情を向けられることは嫌ではない。嬉しいとさえ思うけれど、今だけは驚愕の方が強かった。

 ディックと口にした時の、ひどく苦々しい表情。思えば、一人で街に行くと言った時から彼は様子が違っていた。ずっと我慢していたのだ。彼が送るサインに気づかなかっただけで。

 こういう時、どうすればいいのだろう。瑞希は静かな目でアーサーを見つめた。

 寝転がる瑞希と違い、ベッドに腰掛けたままのアーサーは近いのに遠い。

 それが何故だか切なくて、瑞希は思うまま手を伸ばした。

 あと、少し。もうほんの少しで届きそうなのに、指先さえ届かない。それでも諦める気にはなれなくて宙を掻く手を、アーサーの大きな手が柔らかく捕らえた。


 「何も、なかったのよ。ディックとも、あの人とも」


 アーサーは何も言わなかった。それでも瑞希は構わなかった。もとより疑われているとは思っていないから。

 アーサーが瑞希の両の手を放した。心の暗雲は晴れたようだ。

 瑞希は手をついて上体を起こし、そのまま体を横に倒した。触れる肩越しに、凭れかかられたアーサーの動揺する気配を感じる。


 「……ミズキ」


 咎めるようなアーサーの声。

 瑞希の口元には悪戯っぽい微笑の兆しが見える。

 わかっていての、行動なのだ。そう悟ったアーサーは、額に手を当て天井を仰いだ。


 「ミズキには敵わないな」


 瑞希は吐息だけで微笑んだ。

 アーサーの体が傾いていく。

 瑞希はゆっくりと目を閉じた。

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