無自覚
「今回はどのくらい離れるんですか?」
「遠くて、少し長い。片道で二、三日はかかるから……半月ほどを予定している」
何の目的で行くのかは知らないが、アーサーの旅は多くが一週間を超えるか超えないかという短いものだった。この辺りでは珍しいことに馬に乗れるらしい彼は移動も速い。二つ離れた町へ行った時には三日ほどで帰ってきたし、それを知っているから瑞希も確かに長いなと頷いた。
「……すまない」
「え?」
唐突に謝ってきたアーサーに瑞希は困惑した。今までの流れで謝られるようなことはあっただろうか。ルルに目配せしてみるが、ルルにも心当たりは無いようで、わからないと無言で首を振っていた。
「えっと、何がですか?」
わからない、困ったと眉を下げて自分を見上げる瑞希に、アーサーは店、と沈んだ声で答えた。
「開店は四日後だと聞いた。俺は、今夜にはもう旅に出るから……」
初日に顔を出せない、と申し訳なさそうにまた謝罪を口にするアーサーに、瑞希は理解すると同時に慌てて首を横に振った。この人はどれだけ心を砕いてくれるのかと驚きを隠せない。ルルもぽかんと口を開けてアーサーを見つめている。
「そんな、謝らないでください! アーサーさんにだって都合はありますよ、ちゃんとわかってますから!」
必死に訴える瑞希に、しかしとアーサーは納得がいかないらしく言い募る。アーサーの気遣いはとても嬉しいけれど、そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。大丈夫ですと何度も主張してようやく、アーサーは不承不承に溜飲を下げ引き下がった。
「帰ったら、必ず行く」
「ありがとうございます、お待ちしていますね」
どこまでも律儀な彼に苦笑しながら、怪我をしないように気をつけてくださいと紙袋を差し出す。受け取ったアーサーはありがとうと頷いて、もと来た道を帰って行った。瑞希はその背中を見送って、それから在庫の確認を始めた。
「あの人って、どう見ても……」
思うところがあるらしいルルだったが、本人が気づいていないならわざわざ言うまでも無いだろうと結局は口を噤み、少し遅れて在庫確認を手伝った。
ルルの内心など知るはずも無く、人の行き交う店の前はいつも通り賑やかだった。
開店まで、あと四日。