警告
与えられた客室には大きなベッドが一つと、奥に続くドアがあった。ゲストルームには一部屋ずつに浴室があると言っていたから、きっとそれだろう。
大きなベッドは腰掛ければ心地よく受け止めてくれた。柔らかなシーツはシミひとつなく、洗剤の香りだろうか、ふわりと花のような匂いがする。
アーサーが隣に腰掛けると、ぎしりとスプリングが音を立てた。
「あの男のことを、聞いてもいいか」
アーサーが口火を切る。いつもより少し低められた声。
瑞希はやはりと思いながら静かに頷いた。
瑞希が話せることはあまり多くない。本当に偶然出会し、広場までの短い時間を過ごしただけの、知人とも言い難い関係。
それでも話を聞いている間、アーサーの表情は固かった。
「あの男……たしかシドと呼んでいたか。他には何かわかるか?」
「そうねぇ……誰か連れの人がいるらしいってことと、……ああ、フルネーム。ライ=シドさんだそうよ」
俄かに、アーサーの顔つきが変わった。眉間の皺が色濃さを増し、目にも剣呑な光が宿る。
「あの、……彼に、何かあるの?」
恐る恐ると瑞希が問えば、アーサーは「無いとは言えない」と不機嫌に答えた。いや、不機嫌というよりは、面倒がっているようにも見える。それを裏付けるように、項垂れ溜息を吐いた。
「あー……ミズキ、この国の地理は覚えているか?」
瑞希が頷く。
この国は、地球でいうユーラシア大陸のように幾つかの国が地続きになっている大陸の西端に位置している。使用言語は同じだが文化はそれぞれの国で違いがあるらしいと、こちらに来たばかりの頃に妖精たちから教えられた。
「もし彼が俺の知るライ=シドなら、それは東の隣国の権力者だ。この国にも同じ名前も家名もなくはないが……ダグラス老の対応を見る限り同一人物と見て間違いないだろう」
「え、えぇ……?」
うそだぁ、と音なく形だけを作る。それでも空気を察したアーサーはますます項垂れて、「嘘ならどれだけ良かったか」と零した。
本当に本当らしい。ぼんやりと麻痺した頭でそれを悟る。けれど現実味はなくて、瑞希は開いた口を手で押さえながらただアーサーを見ていた。
「ミズキ、もう関わることはないと思うが、できるだけ彼には気をつけてくれ」
重みのある低い声でアーサーが言う。瑞希は一も二もなく承知した。彼がどの程度の権力者なのかは知らないが、アーサーが危惧するほどだ。万が一にも巻き込まれないようにしたほうがいい。
「子どもたちにも伝えるの?」
「いや、今はまだいい。……カイルがすでに敵視していたからな」
「ああ。っふふふ。可愛かったわね、ヤキモチ」
今思い出しても思わず顔が緩む。ライラがさっぱり気づいていなかったのが、より対照的で微笑ましかった。
口元を隠す瑞希の手をアーサーが浚う。瑞希が笑いを収めるよりも、アーサーの動きの方が早かった。
強い力で腕を引かれ、瑞希の体が倒れこむ。
「…………アー……サー…………?」
瑞希の目にはアーサーと、その背景に天井が映っていた。




