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常識

 しばらくして、食堂に戻ってきたのはダグラス老一人だった。騒がせて申し訳ないと苦笑を浮かべて詫びる彼に、一同は揃って首を振る。


 「もういいの?」


 言葉少なにライラが尋ねる。ダグラス老はもちろんと優しい笑みで答えた。


 「ああ、そうだ、カイルくん。先ほどの話の続きなのだがね、もし良かったらみんなで邸に泊まっていかないかい? 『例の物』は明日の朝に見ればいい」


 今日は少し遅くなってしまったから、というダグラス老の申し出に、瑞希はぎょっと目を剥いた。いくらなんでも初対面同士でそこまで世話になるわけにはいかない。

 慌てて断ろうと口を開きかけた瑞希を制するようにアーサーが小突いた。

 瑞希の意識が一瞬逸れる。その隙にアーサーが口を開いた。


 「是非そうさせてもらいたい」


 カイルが歓喜の滲む声を上げる。出遅れた瑞希はとにかく驚いた。どうしてとアーサーを振り仰ぐと、アーサーは真剣な顔で瑞希を見つめていた。


 「街からここまでにかかった時間を思い出してくれ。この辺りは確かに治安がいいが、もう夜だ。何も起こらないとは言い切れない」


 言われて瑞希はハッとした。旅慣れたアーサーが言うからこそ、その言葉は重みを増す。

 アーサーはこれまで様々な土地に訪れてきた。だからこそ、夜という時間の危険さをこの中の誰よりもよく知っている。--それが真実なのだろう。そもそも治安の良い所で生まれ育ったからこそ、瑞希はアーサーの言う何かを度外視してしまっていたのだ。考えが浅かったと反省する。


 「あの、今日会ったばかりの方ですのに申し訳ないのですが……今晩だけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 瑞希が申し訳ない気持ちいっぱいで嘆願する。ダグラス老は勿論だと大らかに笑った。


 「さきほどの客人は、前触れもなくやって来て、今晩は迎賓棟にお泊まりになるぞ。それに比べたら何も問題はあるまいよ」


 からからと笑って茶目っ気たっぷりに言い切るダグラス老に、瑞希の心に物申したい気持ちが加わる。

 しかし、手助けしてもらえるという事実には変わりないのだから、それをするのはかえって無礼というものだろう。瑞希は幾許かの葛藤の後、とうとう苦言を飲み込んだ。

 お泊りが確定したと読んだカイルが両手を上げてはしゃぎ回る。

 瑞希は苦笑いしながらもそれを見守る。明日は定休日だし、何の問題もないだろう。

 ちらりとアーサーを見れば、アーサーの表情はまだ固かった。


 「…………これで、良かったのよね……?」


 常識的にはどうなのかと思うけれど、安全には変えられない。

 不安と迷いを滲ませる瑞希に、アーサーは短い肯定を返した。それから、心もち和らげた表情で付け加える。


 「初めに申し出てきたのは彼方なのだから、気にするな」


 できないことは言わない御仁だ、と物知った風に言われて、瑞希はならいいけど、と小さく返す。安心させるように、ぽすんとアーサーの手が乗せられた。


 「まあ、いいんじゃない? カイルも喜んでるし、お祝いに小旅行に来たとでも思いましょ」


 前向きなルルの励ましに、瑞希も少しだけ気持ちが上向きになる。しかしアーサーの態度はどうしても受け入れられなくて、頭に乗る手をぺしんと叩き落とすのだった。


 「そういうのは子供たちにしてあげて」


 不服そうな瑞希の文句に、アーサーは困ったように苦笑いした。

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