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領主邸にて

 「ダグラス老」


 アーサーが老紳士に声をかける。途端、瑞希は正体のわからない違和感に襲われた。


 (………………あれ? なんだろう、なんだか…………)


 声も、名前も、どこか聞き覚えがある気がする。けれどどれだけ記憶を手繰っても、彼の顔も名前も浮かんでこない。そうなると初対面であるはずの人なのだろうが、既視感を覚えてやまないのは何故だろう。

 老紳士はほっほっと呑気な笑い声を上げながら、揶揄(からか)うような眼差しをアーサーに向けて対面していた。


 「はてさて、今年の『蕾』は随分と厳ついようですなぁ」

 「違うとわかっているくせに……ボケるにはまだ早いのでは?」


 毒突くアーサーに、我に返った瑞希がさっと顔を青ざめさせる。しかし老紳士は気にした風もなく、むしろそれさえも愉快とばかりに変わらない笑みを浮かべていた。

 対するアーサーは、ぎゅっと眉間に皺を寄せていて、今にも舌打ちせんばかりの形相になる。

 どうやら二人は随分と気安い仲のようだ。いつもより表情豊かな様子のアーサーに、瑞希の疑問はまたひとつ増えた。

 老紳士は瑞希に目を止めると、微かに目に宿す色を変えて小さく会釈した。その変化に戸惑いながら、瑞希も会釈で(もっ)て返す。

 そうして老紳士は寄り添い合う双子に目を止めると、柔らかな相好をさらに崩して話しかけた。


 「可愛らしいお嬢さん、きみが今年の『蕾』だね?」


 見た目通りの優しい声音に、ライラがほっと口元を綻ばせる。はにかむようにして首肯すると、老紳士はほっこりと目元の皺を深くした。


 「いやはや、稀に見る可憐な『蕾』だ」


 老紳士の言葉に、ルルが当然と自慢げに胸を張る。それを横目に見るカイルも満更ではない様子で口元をむずむずさせていた。


 「お爺さんは、ここの人?」

 「ああ、そうだよ。私は…」


 老紳士が名乗ろうとした時。すぐそばのドアが内側から開けられた。そして現れた女性は、目に留まった老紳士に驚きの声をあげた。


 「まあ、旦那様。此方にいらっしゃったのですか」


 白と黒のお仕着せに身を包んだ女性は、おそらくこの邸の使用人だろう。そんな人物が、「旦那様」と呼ぶ人物。

 瑞希は息を飲んだ。慌てて隣を振り仰げば、やれやれとアーサーが額に手を当てている。

 老紳士はほっほっとまた呑気な笑い声を上げた。


 「『蕾』を出迎えるのは私の毎年の楽しみでな」


 ゆるり、細められていた目が姿をあらわす。人好きのする微笑はそのままに、彼の雰囲気ががらりと変わった。

 歳月とともに刻まれた皺。深い叡智を湛えた瞳。背に一本筋を通して立つ姿は揺るぎなく、亭亭たる大樹を彷彿とさせる。


 「我が邸へようこそ、今年の『蕾』、そしてその家族たち。このギルバート=ダグラス、諸君を心から歓迎しよう」


 厳かに告げられた歓迎の言葉は、何よりも明確に老紳士の立場を知らしめた。

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