いつだって
通常、『蕾』が決定したらそのまま花籠に乗り込みパレードに移行するのだが、今年は種目が種目だっただけに休憩を挟むことになった。
ライラの手を引いてステージから降りれば、「祝福を」と大勢から握手を求められ、あるいは頭を撫でようと手が伸ばされた。ある程度の人数なら店の手伝いで慣れているが、それを遥かに上回る手の数に、怯えたライラが瑞希の後ろに隠れる。服を握りしめる小さな手は震えていた。
大丈夫とルルが声をかけるけれど、恐怖の方が上回るらしい。徐々に涙ぐんでいくライラに、伸ばされる手が動きを止めた。
「すみません、人見知りする子でして……」
「ああ、それはすまない。お嬢ちゃん、驚かせて悪かったね」
瑞希がそっと背に庇いながら苦笑すれば、良識ある者は手を引いたり、怖がらせたと謝罪したりしてくれる。
しかし、大衆の中には質が悪い人間もいた。
「うるっせぇなぁ。ちょっとくらい良いじゃねぇか、縁起モンなんだから」
「そーそー、ケチケチしてんじゃねえよ」
赤らめた顔で言う彼らに周囲が不快と顔を顰める。道を開けろと横柄に振る舞う輩は一呼吸ごとに強い酒気を撒き散らした。
フェスティバルでは、店によって酒も振舞われる。ほとんどの者が前祝いと軽い飲酒で済ませるのだが、浴びるように飲んで見境いをなくした無頼漢もいた。
周囲が止めてもその男たちは手を止めない。
向かい風を吹かせようとする妖精達を目で制し、伸ばされるそれから遠ざけるべくライラを奥に押しやる。
しかめっ面を作った男たちが気怠い動きで瑞希を見た。
「この子に近寄らないで」
凛と張った声が明確な拒絶を示す。いつも穏やかな微笑みを湛えているはずの顔は警戒に強張り、男たちをきつく睨みつけている。
男たちは舐め回すように瑞希を見つめ、やがて下卑た笑みで口元を歪めた。ライラに伸ばされようとしていた手が瑞希目掛けて伸ばされる。
瑞希が身動ぎするよりも早く、割り込んだ手がそれを掴んでいた。男が振り払う間も無く、男の手が捻り上げられる。
「ってぇな!!何しやがる!?」
無頼漢が喚く。煩いと睨まれ突き飛ばされて、石畳に大きく尻餅をついた。
目前に立ちはだかる人影に、瑞希はほっと安堵の息を吐いた。
「アーサー」
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとう」
「礼には及ばない。無事で良かった」
冷徹な眼差しを微かに和らげたアーサーに、瑞希も微笑する。瑞希にしがみついていたライラも、安心しきった笑みを浮かべていた。
威勢の良かった酔っ払いたちは、最初こそいきりたち掴みかかろうとしたが、アーサーの一睨みに怖気づいたのか赤ら顔を一瞬にして青ざめさせた。一歩、また一歩と足が後退していく。
向き直ったアーサーが腰元の剣を鳴らせば、とうとう蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「さっすがアーサー!」
ルルが興奮に飛び回りながらアーサーを褒めちぎる。
周囲もわっと湧き上がり、見事と拍手喝采を向けた。
アーサーがきょとりと目を瞬かせる。
氷のようだった表情に人間味が戻ったことで、人集りの輪が少し縮まった。見も知らぬ人々に囲まれ話しかけられて、アーサーは縋るように瑞希達に目を向ける。
瑞希は目を細めてころころ笑い、頑張れとエールを贈った。
(助けてもらっておいてなんだけど……こういう時は、ね)
慌てふためくアーサーを愛しく思いながら、瑞希は微笑ましい攻防をのんびりと傍観していた。




