ライラとルルと
一方その頃、ルルとライラは揃ってのんびりと散策していた。鬼ごっこといえば少なからず走り回るはずなのだが、鬼役たちは悉くライラに気づかず他の参加者を追いかけて走り去っていく。背が低すぎて、番号札が目に入らないようだ。
「なんだが、鬼ごっこっていうよりかくれんぼみたいだね」
「全然隠れてないけどね」
笑いながら出店の前をうろうろと見て回る。来る時は気がつかなかったが、出店は道の両脇に並んでいたらしい。
どこかの工芸品らしい木彫りの面の並んだ店や、焼き菓子を売っている店もあった。ふわりと甘い香りが風に流れてくると、苦しくなるほど食べたはずなのになんだが腹が空いたような錯覚を覚える。
「お小遣い、もらっておけばよかったわねぇ」
みんなで回るのだからと貰わなかったが、少しだけ後悔してしまう。帰りにきっと買ってもらおうと言うルルを、ライラはにこにこと見ていた。
「ん? お、ライラじゃないか」
声をかけられて見てみれば、出店の列に見覚えのある顔。おいでと手招く姿に、ライラは小走りで駆け寄った。
ディックは目元を優しく和ませて、いつものように膝をつく。近くなった目線に、ライラが嬉しそうに目を細めた。
「えと……こんにちはっ」
「おお、こんにちは。ちゃんと挨拶できて偉いなぁ」
よしよしと頭を撫でてやるといっそう笑みを深くするから、ついついディックも笑みを深めた。
ついで他の面々もいるだろうと目を動かすが、思い浮かべた姿はひとつも見えない。
「ライラ、もしかしてひとりなのか?」
尋ねられて、ライラは素直に頷いた。瞬間ぎゅっと寄せられた眉間のしわに、ルルが察して耳打ちする。
「ライラ、鬼ごっこだって教えてあげて。コンテストに出てるの、って」
ライラは不思議そうにしていたが、また素直に頷いた。ルルの言葉をそのまま口にすれば、ディックの顔が途端にほっと和らいだ。
「今年は鬼ごっこなんだな」
「うん。ママと一緒なんだよ」
ディックは困ったように苦笑した。
この街で生まれ育ったディックも、当然コンテストの参加条件は知っている。自分から何を言うつもりもないが、まだ諦めきれていないのだ、歯痒く思うのは致し方ないことだろう。
見下ろすライラは無邪気に母と一緒であることを喜んでいて、やれやれと内心溜息を吐いた。
それからゆっくりと立ち上がり、すぐ傍の出店で二つジュースを購入する。
「鬼ごっこなら喉が渇くだろう。しっかり水分補給しないとな」
礼とともに受け取ると、ディックの顔がまた柔らかくなる。でろでろねぇ、とルルが呆れ交じりに呟いた。
一本しかないストローにルルと交代交代で口をつける。ライラは壁にもたれながらディックと取り留めのない話をした。その最中も鬼役の何人かが前の通路を通っていったが、やはりライラには気づかない。
くつくつと喉を鳴らすディックに、かくれんぼみたいだねとルルの時のように言えば、ディックは今度こそ腹を抱えて身を震わせた。
「今年はライラの圧勝だな。今夜はご馳走だぞ」
「? お祝いってこと?」
ルルの言葉をライラが伝えれば、ディックはおやと目を瞬かせて説明した。
コンテストで選ばれた『蕾』は花籠に乗って街中を練り歩く。それは二人も知っていたが、ご馳走とはその後のことだった。
広場を起点としたパレードは大通りを通って街を巡り、領主邸を目指す。そこで、夕食を振舞われるのが通例らしい。
「あそこにはスゴイもんがあるからな、カイルは大はしゃぎするだろうよ」
「すごいもん……?」
何があるんだろう。聞いてみるが、教えるつもりはないらしい。お楽しみだとはぐらかされて、話は変えられてしまった。
「ま、実際見た方が早いだろうし。今は鐘が鳴るのを待ちましょ」
勝利を確信したルルに、ライラも小さく頷いた。




