広場での一幕
もふもふ。もふもふ。モチを撫でながら、カイルはアーサーを見上げた。
「…………ねえ、父さん」
「……………………なんだ」
「母さんって、運動得意だったっけ?」
どうか何も聞かないでくれ、という切なる願いは、悲しいかな、愛すべき息子によってあっけなく打ち破られた。
改めて突きつけられた現実に強く脈打つこめかみをそっと押さえる。無言こそが答えだった。
それを聡くも察したカイルは、だよねぇとなんとも言えない思いでステージを見た。なにせ、自分の片割れも残念ながら運動神経には恵まれなかったのだ。藁に縋りたくもなる。多少の擦り傷などは仕方ないにしても、せめて跡が残るような怪我はしないでほしいと心から願った。
参加者たちが姿を消した広場では、観客たちを退屈させないようにと昨年の『蕾』が司会となって有志による余興が催されている。創作らしい大衆劇はコメディな場面が多く、周囲の人々は大口を開けて笑っているが、カイルにはあまり興味を持てなかった。もふん、と膝上のモチに顎を乗せる。
(つまらないわけじゃないけど……父さんの旅の話の方が面白いな)
父はどうなのだろうと振り仰ぐと、アーサーは意外にも興味深そうに芝居を見物していた。無意識なのだろうが「なるほど」などの独り言も聞こえてきて、カイルはいよいよびっくりする。
「父さん、こーゆーの好きなの?」
「ん? あぁ、いや。ルルが好きそうだから、筋書きだけでも聞かせてやろうと思って」
あくまでも興味の中心は内容であって、その他には全く興味がないらしい。それはそれでどうなのだろうとカイルは閉口する。
ふいと視界の端を掠めた影に目を向けると、いつの間にか妖精たちが集まっていて、誰よりも近い特等席で観劇しだした。その内の何人かが群勢に埋もれたアーサーとカイルにも気がついて、翅を動かして飛んでくる。
「やあ、アーサー、カイル」
「どう、楽しんでる?」
「あれ? ミズキは?」
「ルルとライラもいないわね」
矢継ぎ早に重ねられる質問に、どれから答えていいのかわからずカイルが言葉を詰まらせる。
アーサーは左右との距離を確認してから、密やかに答えていった。
妖精たちは二人がコンテストに参加することを聞いていなかったようで、知るやいなやわあわあと口々に騒ぎ出した。言ってくれたらサポートしたのに、と嘆き混じりの声に、「ルル姉がいるからきっと十分だよ」と曖昧なフォローを入れる。すると彼らは一転してカイルを甘やかそうとあれやこれやしてくるものだから、隣にいたアーサーは口元がむずむずとするのを感じた。抗いがたい衝動に駆られて、小さな金の頭をわしわしと撫でる。
「とっ、父さん……?」
いきなり何、とびっくり眼が見上げてくるが、アーサーはそれに応えない。撫で続けているうちに白い肌が赤く色づいて、隠れるようにモチに顔を埋める。その隙にアーサーが群がる妖精たちに目配せすると、彼らは心得たとカイルを取り囲んだ。
周囲には、父に撫でられて取り乱しているようにしか見えないからだろう。仲がいいな、と微笑ましげな表情を向けられている。
ぐりぐりと顔を押し付けられて、モチがペシペシとカイルの膝を叩く。
「あら、貴方でも笑うことってあるのねぇ」
「…………俺を何だと思ってる」
憮然として渋面を作った二人に、妖精たちは囀るように笑った。




