鬼ごっこ開始
瑞希はとにかく逃げていた。
鐘の音とともに一斉に走り出した参加者の波に煽られて、案の定瑞希はライラと逸れてしまった。ルルが付いてくれているから心配はしていないが、自分の身の振り方を考えなければならなくなった。
まず駆け込んだのは広場から少し離れたところにある公園だった。公園といっても花壇とベンチがあるだけのところだが、花壇を上手く使えば障害物にできると考えたからだ。
しかし、他の何人かも同じことを考えたようだ。瑞希がついた頃には既に五、六人がいて、いつの間にかスタートしていたらしい鬼役に追いかけられていた。
次に向かったのは商店街だった。コンテストが始まり人数が減ったとはいえ、見通しが良いとは言い辛い。
けれどここでもまた何人かの参加者と被り、しかも見通しが悪いことを見越してか公園よりも多く鬼役がいるのを見つけて踏み込もうとした足を押しとどめた。
その他にもぱっと思いついた所に身を寄せようとしては鬼役の姿を見つけ、人混みに流されるようにその場を後にした。
ここまでで気づいたのは、土地勘の無い者でも思いつくようなところには既に鬼役が先回りしているらしいということだった。
だからこそ瑞希はいま、出店を見て回るふりをしながら移動を続けている。幸い瑞希は小柄だから、周囲の人が壁になって埋もれるのは簡単だった。
もうどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、このままでいるのは良くないということはわかっていた。鬼役から瑞希が見え難いように、瑞希からも鬼役が見え難いのだ。近づいて来られても気付かなければ捕まってしまう。
(どこか人目につかないところは……)
広い街をずっと走り回るのは体力的に苦しい。今は人混みに紛れているが、見つかるのは時間の問題だろう。
何処かの店に入ろうかとも考えたが、見つかった時のことを考えると悪手でしかない。
(確か、もう少し行くと脇道があったわよね)
人通りは少ないが、進むと少し開けたところがあったはず。瑞希は覚悟を決めた。
人の流れに沿いながら、ゆっくり慎重に道の端側へ寄っていく。まだ近くに鬼役は見当たらないが、油断は禁物だと自分に言い聞かせた。
大通りから外れても、いきなり走り出せば不審がられる。少し奥の方まで入り、人混みから見え辛くなったところで瑞希は強く地面を蹴った。スカートは走りにくいが、靴は踵の低いからまだマシだ。
瑞希が睨んだ通り小路にはほとんど人気は無く、時折人とすれ違うことはあったが「頑張れ」と声援を受けて終わった。そのまま道なりに進み、大きな樹の下でようやく一心地ついた。
歩いていたとはいえ、緊張状態にあったせいで息が荒くなっているし、心臓だってバクバクと早鐘を打っている。本当ならしゃがみ込んでしまいたいくらいだが、運動が苦手な瑞希ではそんなことをしては逃げ遅れることが目に見えている。妥協案として樹に体を預けると、体温より低い温度が火照った体を冷やしてくれた。
木陰の中で浴びる風は涼むにはちょうどよく、そよぐ木の葉の音が心を落ち着けてくれる。
何度か深呼吸してようやく息を落ち着かせて、瑞希は注意深く辺りを見回した。
鬼役の姿はまだ無い。
続けて、街の地図を頭に思い浮かべる。この小路は入り組んでいて、いろんな要所に繋がっている。分かれ道が多い分逃げようもあるが、挟み討ちされてしまえば終わりだ。
隠れやすいところは無いかと考えを巡らせていると頭上から枝葉を揺らす音がして、瑞希は勢いよく振り仰いだ。
じっくりと目を凝らす。すると、かなり上の方に灰色っぽい塊が見えた。人ではない。
「あ……ねこ?」
答えるように、みゃあ、とか細い鳴き声が聞こえた。




