ブラックリストその1
「やぁミズキ、今日もとっても可愛いね」
そう言って店の前に立ったのは瑞希に迫ってくる男の一人、ディックだ。鍛冶屋の一人息子である彼は腰痛に悩む父に代わってよく塗り薬を買いに来る。それだけなら好意的に見れるのに事あるごとに口説いてくるものだから、瑞希は彼が好きになれなかった。
どうしてルルまで顔を顰めたのかといえば、ただ単純に、生理的に受け付けないのだとか。自分より酷い、と瑞希が思ったのはルルには内緒だ。
「聞いたよ、店を開くんだって? 言ってくれれば手伝ったのに」
「もともと考えていたので準備はしてあったんです。それに、お客様の手を煩わせるわけにはいきませんから」
あくまでも事務的に受け答える瑞希にもディックはつれないと肩を竦めるだけだ。彼曰く、そんなところも良いのだとか。つくづく理解出来ないと瑞希は営業スマイルの下で毒づいた。
「何時もの湿布薬でよろしいですか?」
「ああ。それと咳止めはあるかい? 最近どうにも喉がいがらっぽくてね」
追加で注文されて、あっただろうかと荷物を確認する。どんなに受け付けない相手でも客は客だ。あれでもない、これでもない、としばらく探しているとようやく一包だけ咳止めの薬を見つけた。
「よかった、ちょうど一包だけありましたよ」
「それは良かった。代金は?」
「二つ合わせて……1030デイルです」
デイルというのはこの国の通貨だ。50デイルで10個入りの卵1籠が買える。それを基準に考えると薬の価格設定は少し高いだろうかと瑞希は不安に思っていたのだが、他の店を覗いてみたところ、材料をわざわざ問屋から下ろしているため二割増しの価格で売っていた。効き目もあまりよくないらしいと客の誰かが零していたのを聞いたこともある。
商品の薬を紙袋に入れて、代金と交換する。千デイル銀貨が一枚と10デイル硬貨が三枚。ちょうど頂きますね、と確認が終わった後でもディックは帰る素振りを見せなかった。
「? まだ何かご入用ですか?」
訝しむ瑞希にディックは笑顔で頷いた。なんだろうと続きを促す。
「ねぇミズキ、そろそろデートくらいしてくれてもいいんじゃないか?」
「またその話ですか……お断りしますと、何度も言ったはずです」
隠しもしないで大きな溜息を吐く瑞希にいいじゃないかとディックは食い下がった。スルリと手を取られてルルが「ミズキに気安く触んじゃないわよ!」と怒鳴りつけても、悲しいかな、ディックの耳には届かない。
「なぁ、いいだろう? オレは君を本気で………」
続けられるはずだったディックの口説き文句は、横から割り入ってきた腕によって阻まれた。