いただきます!
「紙鍋っていうの。私の故郷の手法なのよ」
いつかに旅行先で見た時、瑞希自身も今の面々のように驚いたものだ。
しかしそのおかげで強く記憶に残り、湯が紙を冷やすため燃焼しないというこの手法なら、鍋が無くても煮込み料理が作れると思いついた。
紙なら持ち歩いても嵩張らず、どこでも調達することができるから、荷物が増えることはない。
どうだと自慢げに胸を張る瑞希に、アーサーは信じられないと心を震わせた。
材料を投入しコンソメを加え、しばらく煮込む。
湯気とともに立ち上る良い香りが集落中に広がった頃、ようやくコンソメスープは完成した。三つの紙鍋で作ったから、妖精達に配るにも十分な量がある。
空になった紙鍋は焚き火に放り込んで料にすればゴミも残らない。
アーサーは完敗とばかりに両手を上げた。
「ほら、せっかく温かいんだから、冷めないうちに」
美味しいわよ、と食べる前から断言する瑞希の後押しをするように、人集りから絶賛の声が上がった。その中には子供達のものも含まれていて、熱々と涙目になりながらも笑顔を浮かべている。
アーサーはやや緊張した面持ちで、ようやくスプーンを手に取った。
じゃがいも、にんじん、レタス、ウインナー。ありふれた具材のスープは、とても優しい味がした。
「どう?」
「…………悪くない」
憮然と返した呟きに、素直じゃないんだからと瑞希が笑う。まったくだと、アーサー自身もそう思った。
じっくりと煮込んだ野菜にはしっかりと味が染みていて、家で食べるのと遜色ない出来に仕上がっている。
休めること無く食べ進めていくアーサーを満足そうに見つめて、瑞希も自分の分に口をつけた。
「うん、美味しい」
嬉しそうに笑う瑞希に、アーサーは柔らかな微笑を浮かべた。
アーサーは何故か広場の端の方に腰を据えて、スープを味わうでもなくぼんやりと周囲の様子を眺めていた。
その隣に、瑞希が寄り添うように腰を下ろす。冷え切った地面に身震いするのを見て外套の中に入れてやれば、恥じらいながらも礼を言われた。
「はじめは、何の嫌がらせかと思ったぞ」
ぽつりと零したアーサーに、ごめんなさいと瑞希が苦笑する。
強引だった自覚はある。それでも強行突破した。我が強いと自分でも思う。
「口煩くてごめんなさいね」
「いや。俺のためを思ってくれてることは、ちゃんとわかってる。それに、存外悪いものでもなかった」
くつくつと喉奥を鳴らすアーサーに、瑞希はそっと胸を撫で下ろした。
アーサーは目尻を下げて、子供達や他の妖精達の様子を眺めていた。
いつも瑞希が楽しそうに料理している理由が、今日初めてわかった気がする。自分が作ったものを食べてもらえる。そして美味しいと言われるのは、とても嬉しい。
穏やかに微笑むアーサーに、ほっこりと胸が温かいもので満たされる。瑞希はやっと顔を上げた。
「あら、」
瑞希の声に、アーサーの目も上に向かう。
冷たいはずの夜空には、満月と、力強く輝く無数の星々が何にも邪魔されず存在を主張していた。
降ってきそうな、満天のとはこういう夜空をいうのだろう。
「綺麗ねぇ」
惚れ惚れと見上げる瑞希に、アーサーはしかと頷いて答えた。
「あぁ、綺麗だ」
甘く優しいその響きを、瑞希だけが聞いていた。




