瑞希の魔法
アーサーが広場の中央で焚き火を作ると、温かな明かりが辺りを照らす。少しして、一通り挨拶を済ませた子供達が帰ってきた。モチは火の粉が飛んでこないところでぬくぬくと温まっている。
小さなものが団欒しているのを微笑ましく眺めながら、さて、と瑞希は腕まくりしてアーサーの前に立った。
「ミズキ、いくら火があってもさすがに冷えるぞ」
親切心からの言葉にも、にっこりとどこか威圧感のある笑みで応じる。
不穏な気配を察知して、アーサーが一歩後ずさった。
「ルル、カイル、ライラ--ちょっとお手伝いしてくれる?」
笑顔を絶やさぬまま声をかければ、素直な子供達は二つ返事で答え、瑞希の許までやってくる。
嫌な予感しかしない。アーサーは初めて瑞希を恐ろしく思った。
けれど子供達の手前逃げることもできず、虚勢を張って相対し、ただ黙して瑞希の反応を待った。
「さて、アーサー。 ───調理実習を始めます」
拒むことは、できそうになかった。
かくして始まった瑞希曰くの調理実習だが、アーサーが身構え兢兢とするほどのことは何ひとつなかった。
アーサーの話から、包丁を握るということさえほとんどないだろうことを予想できていたからである。だからこそ瑞希は包丁の持ち方から指導し、最悪手だけでも調理できるようにしていた。
瑞希のすぐ隣で、アーサーが真剣な顔をしてじゃがいもの皮を剥いている。剣なら思いのままに扱えるのに、なかなかどうして上手くいかない。
逆隣では双子がルルの監督の下じゃがいもを一口サイズに切るところまで終わらせていた。
「じゃがいもは芽に毒があるから、取り逃がしの無いように気をつけてね」
「……じゃがいもは野菜だったと記憶しているのだが」
「野菜だもの」
あっけらかんと返された。
薬食同源。そして、薬と毒が紙一重であるように、食べ物も薬にも毒にも成り得る。
瑞希が言うのを、そういうものなのかと不思議な心地で聞いていた。
アーサーがにんじんを一口大に切るところまで終えると、瑞希は荷物の中から網を取り出した。
所々に金具のついたそれは、かちんかちんと音を立てて組み立てられていく。そして完成した網製の台を焚き火に被せるようにすれば準備完了だ。
「焼くのか?」
「ううん、煮るの」
言われて、アーサーは改めて荷物を見下ろした。野菜を取り出す時アーサーも見たが、鍋やその代わりになるような物は入っていなかった。
アーサーの目が瑞希の上に止まる。
瑞希は悪戯っ子のように紙を見せつけた。
「お鍋はこれよ」
受け取った紙は、どう見てもどう触っても、やはりただの紙だった。強いて言うなら大きいということと、厚手であるということくらいか。
猜疑心の強い目が瑞希を見る。それはアーサーだけではない。子供達も、傍観していた妖精達も同じだった。
向けられる疑いの目を物ともしないで、瑞希は紙を折って深皿のようにする。
「ルル、ここにお水入れてくれる?」
「え、ええ……」
戸惑いながらも、魔法で水を生み出し紙皿の中へ入れる。たぷんと揺れたそれを、瑞希は笑顔で網の上に置いた。
燃え上がる火が網と紙に触れる。
「………………燃えない……?」
紙は、いつまで経っても火がつかなかった。




