初対面
アーサーの読み聞かせとおやつのレアチーズケーキを楽しんで、それぞれが夕暮れまでの時間を過ごした。
春が近づいて少しずつ陽が長くなってきたが、陽が傾きだすと途端に空気が冷える。瑞希は暖をとるようにモチを抱いているが、それでも寒さが骨身に染みた。
吐き出す息が白っぽくなっているのに、双子はそんなことを気にも留めずうきうきとして先へ進んでいく。子供は風の子という故郷の言い回しが瑞希の脳裏を過ぎった。
「ミズキ、大丈夫か?」
上着を貸そうかと心配そうに眉を下げるアーサーに、大丈夫と首を振る。鍛えた筋肉の恩恵か、アーサーも寒さには強いらしい。それを羨みながら、集落に行ったら温かい物を摂ると固く心に決めた。
「寒いのが苦手なのに、どうして急に? 暖かくなってからの方が良かったんじゃないのか」
「それは……そうかもしれないけど。ひとりで街にいたら、物足りなく感じちゃったのよ」
アーサーの目が瞠られる。
瑞希は我がことながら苦笑した。改めて口に出すと、何だか恥ずかしい。
アーサーは驚きを拭いきれないまま、追って湧き上がる温かいものに目尻を和ませた。
それは、いつかに自分自身も感じたものだった。大切なものを、そうと自覚した時。あの時の自分も、きっと今の瑞希と同じような顔をしていたのだろう。
「幸せ、なのだろうな」
ぽつりとアーサーが呟く。何がとも明示されていないけれど、何を指しているのかはわかっていた。
静けさの漂う二人とは対照的に、少し先では双子の元気な声が響いた。
「こんばんはー!」
双子の揃った声に、聞き取れないが妖精達の歓迎する声が聞こえてくる。腕の中で、モチがぴくりと長い耳を動かした。
「そういえば、モチは初めましてだったわね」
「集落では人気者になりそうだな」
毛並みの良いもふもふを見下ろして、アーサーが確信を持った声で言う。その情景を想像するのはあまりにも容易く、疑いようがない。
何も知らぬモチだけが、押し黙る二人に不思議そうに首を傾げていた。
そしてようやく、二人と一匹も集落へと足を踏み入れる。
「おお、ミズキ!久しぶりじゃのう!」
好々爺然と笑う長老に出迎えられて、瑞希は丁寧に頭を下げた。集落の長老シモン=ルクスは、ルルと同じく小さな体ながらも年の功故か貫禄があり、自然と頭が下がる。
「ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです」
「ほっほっ!お前達も変わりは無さそうじゃの。ほれ、堅苦しいのは無しじゃ、無し」
にこにこと笑う長老は、ついでモチに目を留めた。小さな手がたっぷりと蓄えた白ひげを撫でつけるが、その目が外されることはない。
やがて、長老は意を決したように一人頷き、かと思えばモチに向かって身を投げ出した。
ぽすん、とモチの毛並みに小さな体が埋もれる。ひげは毛皮と同化していた。
「おお、もっちもちでぬっくぬくじゃの!」
結構結構!とご満悦な長老に、アーサーが「モチという名です」と教えてやる。すると長老はなるほどと何度も口ずさみ、モチを堪能した。
初めましての相手にいきなり突撃されてびっくりと体を強張らせたモチは、しかし瑞希やアーサーの応じ方に警戒を解き、たらんとしてされるがままになっていた。
「まったく、ミズキは妙な縁ばかり持っとるのぅ」
「悪いものでもなし、楽しくていいじゃないですか」
大らかに言い切る瑞希に、隣でアーサーがちらりと目を逸らす。
その心中を察しながらも、長老はほけほけと考えの読めない笑い声を響かせた。




