初めての乗馬
「たかいぃぃ……」
馬に跨ってすぐ、ライラが兢兢とした悲鳴を上げた。がっしりと胸元にしがみつかれたアーサーが嬉しいながらも困り顔をしている。
最初にライラが不安がっていた通り、どうやら恐怖症とまではいかないまでも、高い所への苦手意識が強いらしい。
横目にカイルの様子を伺い見れば、あちらはルルと歓声を上げながら楽しそうに馬を歩かせていた。
「ライラ、大丈夫だ。俺が一緒で危ないことがあるか」
怖い怖いと震えるライラの頭を撫でてやる。固く閉じられていた目が恐る恐るとアーサーを見上げたが、それでも恐怖心には勝てないようで、目尻には涙が溜まっていた。
「言ったろう、馬は賢い。お前が怖がっていると理解しているから、こいつも待ってくれてるんだ」
良い子だと愛馬の首も撫でてやると、嬉しそうに嘶いた。
普段聞くより高めの声に、ライラがくりくりした目をいっそう大きくする。それから、ゆっくり、ゆっくりと馬の方を振り返った。
「いーこ?」
舌足らずな言い方に思わず目尻を下げながらも肯定する。
ライラはきゅうっと眉を下げながら馬を見つめた。
動きたいという馬の気持ちを表すように、小さな耳がピクピクと動いている。
そろり、小さな手が片方だけ馬へと伸びた。
「…………ぁ、りが、と」
風に紛れてしまいそうな小さな声だったが、馬の耳には十分だったろう。首の付け根に近いところをぺしぺしと撫でられて、馬がまた嘶きを上げる。
心なしか先ほどよりも嬉しそうだとアーサーは思った。
撫でるのに満足したのか、ライラが手をアーサーの胸元に戻す。服を掴む手は少しだけ力が抜けているようにみえた。
「動いていいか?」
念のためにと確かめてみると、小さな頭がこっくりと頷いた。
とん、と合図を送る。すると、慎重さを感じさせる動きで馬が歩き出した。
大きな体が動く分、跨る方も揺れを感じる。二、三歩のうちは揺れるたびビクついていたライラだったが、さらに数歩も歩けば肩の力を抜けるようになっていた。
動き出したアーサー達に気づいて、ルルとカイルが馬を近寄らせる。ライラと同じく軽い体は馬が歩くたび跳ねてしまうが、それでもしっかりと手綱を握れていた。
「父さん、ライラ!」
カイルの代わりにルルがぴこぴこと手を振って、ライラが小さく振り返した。
「上達が早いな」
「頑張った!」
アーサーからの褒め言葉にカイルが喜色満面の笑みを浮かべる。
ルルはアーサーにしがみつくライラに、思わず苦笑いした。
「ライラはミズキに似たのね」
「ママ?」
ことりとライラの首が横に倒れる。ルルは懐かしいと目を細めて笑った。
「馬を買ったのに、乗れないのよ。しょうがないから、乗らずに荷運びだけしてもらうことになったの」
練習しようとしても、「高い、怖い、無理!」と跨る前から泣き言を零したほどだ。
ころころと笑うルルに、双子はもちろんアーサーも驚いていた。
自立を体現している瑞希の意外な弱点だった。
「なら、ライラはミズキより一歩リードしたな」
ミズキに自慢してやれ、と喉奥で笑うアーサーに、ライラはしっかりと頷いた。
瑞希の悔しがる顔が目に浮かぶ。それと同時に凄い凄いと褒めちぎる様子も想像できて、どっちになることやらと楽しくて仕方がなかった。




