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往来

 鍛冶場を出てから、瑞希は街の通りを見て回った。

 広場を通りがかるとフェスティバルに使うのだろうステージの骨組みが組まれていた。

 市場からは、朝一番の賑わいには劣るが、彼方此方から商品を売り込む声が聞こえてくる。


 「あっ、すみません」

 「すみませ……あれ、ミズキさん!」


 すれ違いざまぶつかってしまった相手に慌てて謝辞を述べると、ぶつかった相手は驚いた声で瑞希を呼んだ。


 「街にいらっしゃるなんて珍しいですね」

 「ああ、お久しぶりです。今日は、ちょっと私用がありまして」


 瑞希がぶつかったのは、赤茶の髪とへらりとした笑みを浮かべているが、れっきとした街の薬屋のひとりだ。

 少し前、街の薬屋と富豪の息子が手を組んで領兵を抱き込んだ件に、全く関与していなかった薬屋のうちのひとりでもある。

 あの時、瑞希自身も至らなかったと酷く反省したのだ。そして今後どう振る舞っていけばいいものかと悩んでいた最中に、街に残った薬屋達がやって来た。

 正面切って物申しに来たのだろうと甘んじて批難を受け入れようとした瑞希の予想に反して、彼らは深々と頭を下げて調剤を学びたいと志願した。


 「安くてよく効くなら、誰だってそっちを選ぶ。でも、それでは生活が立ち行かない」


 彼らの言葉には飾りも裏もなかった。

 まっすぐな言葉に戸惑い固まった後もどうかと言葉を重ねられ、瑞希はほとんど頭の働かないまま、気がつけば了承していた。

 以来、瑞希は薬譜作りや数度の実演を通して、あるいは栽培が難しくない薬草の株を分けてやったりして薬屋達との交流を深めていった。

 そしてその結果、他の薬屋とも大分足並みを揃えた営業になってきたのだ。

 

 「ねえミズキさん、もし時間があるならお茶でもしていきませんか? いい店があるんですよー」


 にこにこと人好きのする笑みを浮かべる青年に、瑞希も笑顔を浮かべていたが、内心はどう断ろうかと思案を巡らせていた。

 「こんにちは」と口にされたように、昼時が近付いてきているのだ。


 「ええと、すみません。そろそろお昼になりますから……」

 「ああ、そうですよね。なら料理屋の方がいいですね」

 「いえ、そうではなくて……」


 尻込みする瑞希に、青年はふと何かに気がついたように辺りを見回した。


 「今日はおひとりなんですか? アーサーさんやおちびちゃん達は?」


 きょろきょろと見回してもそれらしい影は見当たらない。おかしいおかしいと首を傾げる青年に、瑞希は苦笑を添えて答えた。


 「今日は私だけなんです。だから、帰ってお昼を作るので……せっかく誘って頂いたのにすみません」


 そう謝罪する瑞希に、青年は微笑をより深くした。


 「そういうことなら、仕方ないですよね。お腹ぺこぺこのおちびちゃん達に恨まれたくないし、今日は潔く諦めます」


 残念ですけど、と言いながらも、その表情はとても優しく微笑んでいた。

 じゃあまた、と退いてくれた青年にしっかりとお礼を言って、瑞希は逸る心のまま足を動かした。

 子供達には最近流行りらしいケーキとよく読んでいる絵本の新刊。アーサーには辛口のお酒とスモークチーズの詰め合わせ。そして自分用に甘口で弱めの果実酒を少し。

 すっかり多くなった荷物を抱えて、瑞希は家までの道を待ち遠しく思いながら馬車に乗り込んだのだった。

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