知識は力なり
かっくりと肩を落とすアーサーとは裏腹に、瑞希は内心楽しんでいた。
しかし、一方で悩ましくもあるというのも本音だった。
アーサーはここ暫くは家にいるが、いつ旅に出るとも知れない身だ。せっかく料理を覚えるなら、旅先でも役に立つ物を覚えてもらいたい。
「旅の間っていつも宿に泊まるの?」
「いや、野宿することもあるな」
民家があれば間借りするらしいが、毎回毎回都合よく見つかるということはありえない。
なるほどと納得しながらも、どうしたものかと瑞希は頭を悩ませた。
借りればいいかとも思ったが、野宿も視野に入れるとなると鍋やフライパンが無くとも作れる料理がいいだろう。旅荷に加えてもいいかもしれないが、身軽さを重視するならそれは避けたいところだ。
「ミズキ、そう拘らなくても……」
「だぁめ。ちゃんと考えるから」
皆まで言う前に釘を刺されて、アーサーは困ったように眉尻を下げた。子供達に強請られたとはいえ、手づから調理する機会はほとんどないだろうと消極的なのだ。
「こういうのがいいとか、何か希望はある?」
「…………じゃあ、体が温まるもの」
この国は比較的温暖な気候帯にあるが、夜や冬にはやはり冷える。野宿ともなればなおさらだ。
野宿で温かいものと言われ、真っ先に頭に浮かんだのは焼き物だった。しかしそれも、味が変わり映えしないと飽きてしまうだろうし、野菜があまり摂れそうにない。
野菜を気にするなら、やはり鍋やスープのような汁物がいいだろう。
(なんだったかな、昔あったのよね…………)
不意に脳裏をよぎった料理を詳しく思い出そうと記憶を手繰る。
荷が嵩張らなくて、野菜も肉もしっかり食べられる。アウトドアでもしっかり煮込めるもの。
珍しいけど珍しくないもの。
ぶつぶつとひとり呟き出した瑞希に、アーサーが戸惑いながら声をかける。
「ミズキ、無理なら無理で別に俺は」
気にしない、と続けようとしたアーサーに、しかし瑞希はにっこりと笑ってみせた。
「アーサー、大丈夫。なんとかなりそうよ」
いいこと思い出したから、と上機嫌に瑞希が微笑む。
アーサーはぱちくりと目を瞬かせた。アーサー自身、なかなか難題を出した自覚はあるのだが、瑞希の中ではそれは解決したらしい。
「串焼きか?」
「ううん、スープ」
ああ、鍋を荷に加えるのか、と納得したアーサーに、その心を読んだかのように瑞希がころころと笑う。
その反応をさすがに訝しんだアーサーが胡乱気な眼差しを向けたが、しかしそれさえも愉快とばかりに瑞希はころころと笑っていた。
「いろいろと準備もあるから、それまで少し時間をちょうだいね」
楽しそうな瑞希に、言われるままアーサーは頷いて応えたのだった。




