食事は大事
「アーサー? どうかしたの?」
「ん、ああ……いや……」
歯切れ悪く答えたアーサーが止まっていた手を再び動かす。
口に合わなかったなら、と瑞希が申し出ると、アーサーはそうではないと間を置かずに首を振った。
本当に? 眉を下げる瑞希に、アーサーが仕方なく白状する。
「本当に大したことじゃないんだ。ただ、俺は料理と呼べるものを作ったことがないなと思っただけで」
「料理を?」
瑞希はきょとりと目を丸めた。
一緒に暮らすようになる前、アーサーは転々と拠点を移しながら一人暮らしをしていたと聞いている。料理経験が無いというなら不自然なだけだが、そうではないアーサーの言葉に違和感が残る。
「アーサー、あなたミズキと一緒に暮らすまでどうやって生活していたの?」
率直に尋ねたルルに、アーサーが思い返すように顎を撫で、つらつらと列挙する。
ある日は酒場で摘んで済ませ、ある日は仕事終わりに入った料理屋で済ませ。またある日には非常食であるはずのジャーキーを齧り、最悪食べることさえ面倒になってそのまま就寝。
野菜はと恐る恐る尋ねてみれば、必要性を思い出した時には買い込んで食べていたという。しかも、生で。
あまりの不摂生ぶりに、ルルも瑞希も開いた口が塞がらなかった。
「なんっで料理をしないのよぉっ!」
信じらんない!と憤慨したルルが問い詰めるが、アーサーにも料理をしようという気が皆無だった訳ではないのだ。ただ、料理の仕方を知らなかっただけで。
ルルの怒りっぷりに、双子がはらはらと忙しなく目を動かす。アーサーもアーサーで、どうしてそこまで興奮するのかとひどく不思議そうにしていた。
アーサーは、そもそも料理をしている様子さえ見たことがなかったらしい。器具の名前は多少知っていても用途まではわからず、それゆえに自分でするという選択肢がなかったようだ。
瑞希もルルも、気のせいではなく頭痛を感じた。
そんな状態で、今までよくも生きてこられたものだと思わずにはいられなかった。
「…………ミズキ」
「……うん、わかってるわ……」
皆まで言わないで、と額に手を当てる瑞希に、ルルも疲れたと遠い目をした。
「父さん、料理だめなの?」
カイルの無邪気な質問がさっくりとアーサーの胸に刺さる。
「だめというわけでは……親しむ機会に恵まれなかっただけだ。栄養学には多少だが心得もあるし……」
しどろもどろと弁解を試みてはいるようだが、目が右往左往としている時点で信憑性に欠けている。
じぃっと、まっすぐな二対の目に見つめられる。
アーサーは悄然として肩を落とした。降伏である。
「アーサー、良い機会だもの、やってみましょう?」
料理はできて損はないという瑞希に、アーサーは困ったような目を向けた。何事にも毅然としたアーサーにしては珍しいと思うが、瑞希もここで退くわけにはいかないと外堀を埋めにかかる。
「カイルもライラも、一緒にお料理したくない?」
みんなでやったらきっと楽しいわよと唆すと、アーサーが焦った様子で瑞希を呼んだ。
アーサーが何事か言うよりも先に、きらきらと目を輝かせた双子が歓声を上げる。
「やりたいっ!」
「はい、決定ね」
「やったぁ!」
諸手を上げたカイルとライラに、アーサーがかくんと項垂れる。
ぽすっと、慰めるようにモチが前足をかけた。




