至福の小壺
「あのさ、母さん。これ、お店で売るの?」
「そうしてもいいけど、せっかく初めて作ったんだもの、自分用に持っていたら?」
瑞希の言葉に、カイルは何か考え込むように手の中を見つめ続ける。
迷っているのだろうか。
ルルが声をかけようとするより先に、カイルが勢いよく顔を上げた。
「これ、貰ってもいいっ?」
「ええ、もちろん」
瑞希にもう一度確認すると、カイルはそれを持って廊下に飛び出した。
小さな足音が短い間隔で響いて、やがて階段を下りていく音に変わる。
瑞希とルルはぱちくりとカイルが出て行った先を見た。一方で、ライラも思いついたように顔を上げる。
「ママ、ルルちゃん、これ」
ライラが小壺をひとつ瑞希に差し出した。もうひとつは、ルルに向かって差し出している。
「ライラはお店に並べるの?」
「んーん。これは、ママとルルちゃんになの」
「えっ?」
ふわりと微笑んだライラと渡された小壺とを見比べる。目を丸くした瑞希に、ライラは嬉しそうに笑みを深めた。
「ママも、お怪我するから。ライラ達のはママ達が作ってくれるから、ママ達のはライラが作ったのをあげるの」
気恥ずかしそうにはにかんで言うライラに、瑞希は目頭が熱くなるのを感じた。胸にも、熱いものが込み上げてくる。
瑞希は膝をついて、ライラの小さな体をぎゅうっと抱きしめた。
ルルはポロポロと小粒の涙を溢して、ライラの頰に体を寄せている。
こういう気持ちを何というのだろう。嬉しいとか、そんなありふれた言葉では言い足りない。
「……ありがとう、ライラ。大切に、使わせてもらうわね」
泣きそうになるのを堪えて出した声は震えていた。
ライラが嬉しそうにくすくすと笑う。
「アーサーに拗ねられちゃうわね、仲間はずれにされたーって」
うふふ、とルルが涙声でからかうように言う。
確かにそうだと思わず吹き出した瑞希に、大丈夫だよとライラがふるふる首を振った。
「パパのは、カイルが作ったやつなの。だからパパ、なかまはずれじゃないよ」
ぱちり。瑞希とルルの目が瞬く。そして、ふふふと軽やかな笑い声。
たどたどしい言い方も、心打たれるプレゼントも、何もかもが愛しくて、幸せな気持ちになる。
「なら、今頃アーサーは感涙に咽び泣いてるかもね」
「あら、ああ見えてカッコつけだから、涙目どまりかもしれないわよ?」
うふふ、ふふふ、と温かな笑い声を上げながら、三人でそっと調剤室を出る。片付けなんて後回しだ。
ふわふわと浮かぶモチをミズキが抱いて、ルルがライラの肩に乗る。
慎重に足音を忍ばせてこっそりとリビングを覗き見た三人は、揃って思わず吹き出した。




