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価値観の違い

 街から瑞希の家は少し離れているが、瑞希の家から妖精の集落まではわりと近い距離にある。慣れれば十分もかけずに到着できるそこまでの道のりを瑞希は両手に土産を持って歩いていた。

 今回の手土産は焼き菓子の詰め合わせとワインだ。妖精たちは甘いものをよく好む。ワインは長老をはじめとする少し年嵩(としかさ)の妖精たちに向けたものだ。

 最初は謝礼金を渡そうとしたのだが、妖精にとって人間の使う貨幣に価値はないと言われてからは現物を持っていくことにしている。

 今日も妖精の集落に辿り着くと、最早顔なじみとなった彼らはいらっしゃいと快く迎え入れてくれた。


「ミズキー! 今日のお土産なぁにー?」

「焼き菓子と、長老たちにはワインを持って来たよ。みんなは広場?」

「うん!」


 すぐ周りを飛び回る妖精たちにぶつからないように注意して広場へと足を向ける。広場は大木の前の少し開けたところにあって、集落のちょうど真ん中になるとルルが言っていた。

 広場に着くと妖精たちは集まって賑やかにしていた。瑞希が顔を見せると、気づいた彼らもまたいらっしゃいと喜んで瑞希を迎え入れた。


「おお、よく来たの」

「こんばんは、長老。これ、お土産のワインです。こっちは焼き菓子の詰め合わせ」

「ほっほ、いつもありがとう。人間の作る菓子と酒は本当に美味い」


 ふよふよと手土産を魔法で浮かせて広場の中心に置く。大人の妖精たちは小さなコップを手にワインに群がり、お酒を飲まない妖精たちはお菓子を選んでいる。

 思いがけず長老と二人きりになった瑞希は、どきどきしながら長老に話を切り出した。


「あの家で、薬屋を始めようと思うんです」

「そうかそうか、頑張りなさい」


 ほっほ、と変わらない笑い声の最中に長老はあっさりと返した。あまりにもあっさりとしすぎていて、瑞希はどうしても拍子抜けしてしまった。そんなに簡単に頷いていいのかと戸惑わずにはいられない。


「私、薬草の知識なんて全くないんですよ? みんなに教えてもらって生計立ててる」

「ふむ、そうじゃのぅ」

「……薬売って得た利益、独占してるんですよ?」

「それは違うじゃろう。ミズキはこうして菓子や酒を持って来てくれる。ワシらにとっては十分対価を貰っておるよ」


 長老はそう言うが、それにしたってずいぶんと安すぎる対価だと瑞希は思う。

 薬の露天商も今では多くの固定客がつき、売上も大分安定してきた。生活費を除いても家財を揃えたり家畜を飼ったりができるほどなのだから、その金額が決して少ないものではないことは明らかだ。瑞希が得る利益に対して、瑞希が妖精たちに支払う対価は売上の一割にも満たないだろう。

 なのに長老は、それでも瑞希の土産を対価と言った。


「価値観の違いじゃよ、ミズキ。ワシらに人間の貨幣など何の価値もない。前にも言ったじゃろう」

「はい……でも」

「でも、じゃないわい。よいか、ミズキ。ワシらはお前さんがこうして会いに来てくれるだけでも十分嬉しい。今までワシらが見える人間など見たことも聞いたこともない。じゃがお前さんはワシらが見えるし、話もできる。これほど嬉しいことはない」


 妖精たちは人間が好きだ。人間の手が作り出す様々なものを妖精は真似る。彼らが着ている服もその内の一つだ。人間が作物を育てているの見ると嬉しくなるし、笑顔になれるのだ。


 人間に自分達の姿が見えないことは仕方のないことだとわかっていても、認識してもらえないことはやはり悲しかった。しかしミズキと出会ってからは違う。ミズキは自分達を見て、認識してくれる。人間達の菓子だとかも食べられるようになった。


「お前さんは優しいから気に病みすぎるのじゃろうな。もう少し軽い気持ちでよい」


 そう優しく諭す長老に、瑞希は躊躇(ためら)いながらも頷いた。

 ほっほ、と長老はまた笑う。


「頑張りなさい、ミズキ」

「はい」


 ミズキがしっかりと頷いたのを見届けて、長老もワインを求めて広場の中心へ飛んで行った。

 笑い声の響くその光景が、夜なのにとても眩しく映った。


「ね? 言ったでしょ?」


 クッキーを(かじ)りつつ言うルルに、瑞希は無言で頷いた。


(頑張ろう。みんなの顔に泥を塗ることのないように)


瑞希は深く心に刻んだ。

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